第60話 種明かし

「私の過ちを……知れば、絶対に軽蔑なさるでしょう。死罪になるのも当然だ、と。そして殺しておくべきだ、とも思われるでしょう。これ以上の恥を晒すくらいならば……皆さんのお手を煩わせるくらいならば、いっそ自分で……」


 死を覚悟している奴の口を割るのは、全く骨が折れる。

 何せ暴力による脅しが効かないのだから。


「舌を噛んでも無駄だ。アンバーの目の前で死ねると思うなよ」


 項垂れてぐだぐだと零し始めるエルニアの顎を掴んで上向かせると、俺は苛立ちを抑えながら丁寧に説得を続けた。


「御託を並べる元気があるなら、さっさと俺の注文に応えろ。その内容でお前の使い道を考える」

「使い道……? 生かすか殺すか、ではなく……?」


 エルニアが戸惑いながら尋ね来る。


「フェーレスの話を聞いてなかったのか? 殺す気なら一撃で終わってる。お前に価値があると判断したからこそ生け捕りにさせたんだよ」


 俺の言葉にエルニアの青い瞳が微かに揺れる。


「だが今のままじゃお前はただの地雷だ。ババアが語らなかった部分に、取り扱いのヒントがあるかも知れねぇから聞かせろと言ってんだ」


 固まったままのエルニアに、催促するように続けて声をかけると、しばしの絶句の後にエルニアは口を開いた。


「……バ、ババア……? まさか、ギルド長の事ですか? あの人をそんな風に呼ぶなんて、貴方は一体……」

「ああ、またそこからになっちまうのか」


 俺は手を額にやって天井を仰ぎ見た。


 そろそろ面倒になってきたが、これだけの逸材をあっさり殺してしまうのはもったいない。

 俺の勘が告げているのだ。こいつは絶対に大成すると。


 正体を明かすかどうか一瞬迷ったが、どの道行動を共にするなら隠し通せないだろうと判断した。


「ま、そっちの秘密だけ聞き出すのもフェアじゃねぇか。実はな、俺がヴェリスだ」


 あっさりと放り投げた俺の言葉を受け止められずに、エルニアが呆けている。


「おら、俺は打ち明けたぞ。次はお前の番だ」

「え、ちょ……待って、待って下さい! 今さらりと物凄い事言いませんでした!?」


 促されて我に戻ったエルニアがぎゃんぎゃんと喚く。


「気にするな。今の議題はそれじゃねぇ」

「しますよ!! 何故救国の英雄ヴェリス殿がそんな可愛いげふんげふん……そのような幼子の姿なのですか!? 少なくとも私より年上のはず!」

「あー、もうめんどくせぇ。とある事情でこうなった。戻る手がかりを探すためにあの遺跡を探索中だ。これでいいな」


 俺が投げやりに返すと、エルニアの攻勢が強くなった。


「雑すぎでしょう!? もっとこう、そこに至るまでの経緯とかを踏み込んで説明を……」

「──そこまでになさいな。今は人より自分の身の振り方を考えてはいかが?」


 ロープを引き千切らん勢いで食い下がるエルニアへ向けて、セレネが氷柱つららのような言葉を突き刺した。


「ぅ……」

「貴方は今、ヴェリス様の御慈悲によって生かされてるに過ぎませんの。その貴重な時間を無駄に費やしている自覚はありまして?」


 敵意にも似た鋭い視線に射抜かれ、目に見えてエルニアの気勢が萎える。


「ヴェリスはレアモノに目がなくてさ~。道具も人の才能も見境なしよ。珍しいものを見ると、何でもかんでも自分のものにしたがんの。目を付けられて、運が良いんだか悪いんだか」


 フェーレスが俺の肩に肘を置いたままでおどけて見せる。


「良い事ですとも。光栄にも、我等は皆勇者殿に見出された身。此度はエルニア殿にもその御手を差し伸べる資格やあり、と判断されたのです。これは真に稀有な事と心得られよ」


 アンバーはバケツを片手に深く頷いている。


「そもそも死罪死罪と……この街ではそのような素性の者は珍しくもありませんわ。私達がそうでしたもの」


 セレネはやはり興味なさげに黒髪をいじっている。


「ま、そういう事だ。今更どんな悪事に手を染めていようが、そうそう驚きやしねぇ」


 腕組みしながら俺が睨むと。エルニアは喉を鳴らして見詰め返して来た。


「いい加減飽きて来たし、これで最後にするぞ。ここまで言っても死を選ぶならもう知らん。望み通りにしてやる。だが俺の仲間になって生きる覚悟があるのなら、お前の過去をさっさと話せ」

「……英雄殿にそこまで請われるとは……身に余る光栄です」


 エルニアが感涙に浸りつつも、その青い瞳を真っ直ぐ俺へと向けてきた。


「もう隠し立ては致しません。僭越ながら、お耳を拝借致します」


 エルニアは軽く咳払いを挟んで語り始める。


「あれは、まだ春を迎える少し前の出来事で……」

「待った。そこから入ると長くなりそうだ。要点だけまとめて話せ」

「……はい」


 出鼻をくじかれて一瞬目を伏せるエルニアだが、すぐにも頭を切り替えて再び口を開いた。

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