第40話 リップサービス
「──こんにちは! グレイラお婆ちゃん! ご機嫌いかがですか?」
ギルド長の執務室に着くなり、俺は元気良く挨拶をかました。
するとソファに腰かけていたグレイラは、ティーカップを傾けたままで茶を盛大に噴き出した。
「ゲホッガホッ……突然現れたと思えば、いきなり何を言い出すんだいこのクソ坊主!!」
カップから跳ね返った茶で、顔面がびしょ濡れになったグレイラが立ち上がりながら怒鳴る。
「えー? 本来なら孫の一人もいていいはずの歳なのに、結婚すらせずに一人寂しくしてるだろうと思って、せめて気分だけでもとサービスしてあげたのに」
「頼んどらんわ! 毎度毎度来る度に、忌々しい事ばかり抜かす奴だね!!」
わざとらしく小首を傾げる俺を睨みつけ、テーブルからナプキンを取り上げて濡れた部分を拭い始めるグレイラ。
「いや~、今ので萌えないなんてもったいないわ~。お姉さんにもやってくれない?」
「フェーレスさんはそろそろ自重して下さい。ぶっ飛ばしますよ?」
しなだれかかってくるフェーレスへ、笑顔に青筋を浮かべながら返す。
「あふぅ、強気なヴァイスきゅんも可愛いね~」
「いちいちベタベタしない!」
ぐりぐりと頬擦りしてくるフェーレスを引きはがすべく格闘している所を見て、セレネがぼそりと零す。
「……口調は丁寧ですが、段々と地が出てきていますわね……」
「ランクも上がり自信が付けば、自然とそうもなりましょう。あるべきお姿にまた一歩近付いたのです。喜ばしい事ですな」
「はっ、また調子に乗って滑り落ちて行くのが目に浮かぶようさね!」
アンバーが相槌を打つのに対し、顔を拭き終わったグレイラが吐き捨てた。
「まあまあ。待ちに待った助っ人が来たってんで、ヴァイスきゅんも浮かれてんのよ。ちょっとしたジョークくらい見逃してやんなよ~」
ようやく俺を解放したフェーレスがグレイラへ向け手をひらひらさせる。
「ふん! 見付けるのには散々骨を折ったんだ。もっと感謝して貰いたいもんだね」
グレイラは肩を怒らせながら机へ向かい、いつもの葉巻を取り出した。
「グレイラ殿のお墨付きであれば、相当の腕前なのでしょうな?」
「まぁまぁだね。昨日到着してEで登録させたが、そのままでもSで通用するのは保証しよう」
アンバーの問いに、葉巻に火を付けながら返すグレイラ。
「へぇ、お婆ちゃんがそこまで言う程ですか」
「……その呼び方はやめな。その姿で呼ばれると尻の座りが悪い。せめて名前で呼んどくれ」
葉巻を咥えたままでそっぽを向くグレイラに、俺は悪戯っぽく微笑んだ。
「ふーん? もしかして照れてます?」
「やかましいよ! お前さんみたいな性悪な孫がいたらと思うとぞっとするって話さね!」
鼻息荒く葉巻を振り回すグレイラの頬はほんのり朱く染まっていた。
「おやおや~? ギルド長も可愛い所あるじゃない」
「ええ本当に。微笑ましい限りですわ~。いっそ私たちもお婆様とお呼び致しませんこと?」
「おちょくりに来たのかお前さんらは!!」
性悪では負けていない二人の追撃に、グレイラは尚も声を張り上げる。
「大体セレネ! この部屋に直接転移するんじゃないと何度も言ってるだろう! 毎度いきなり飛んできおって、心臓に悪いわ!」
「私はヴァイス様のご用命に従っているだけですわ~。苦情はそちらへ送って下さいまし」
グレイラの猛抗議にも、セレネは悪びれもせず俺を指差した。
そもそも俺達SSランクは、受付も顔パスで本部内を自由に闊歩できる身分だ。いちいち入り口から入るのも煩わしい。
その為、この執務室にセレネの刻印を施して、ギルドへ来る際にはいつも直にここへと転移しているのだった。
先程も転移を終えた直後に声をかけたので、歴戦の猛者であるグレイラへもサプライズが成功したと言う訳だ。
グレイラは
「ああ全く! 頭目がこれなら手下もこれだ! なんでまともな奴がSSになってくれないんだかね!」
それを言い出せばグレイラ自身も大概なのだが、今は言わぬが花か。
「そんな事より、その助っ人さんはもう来てるんですか?」
俺はグレイラの呼吸が整うのを待って、流れを本筋へと持って行った。
「……ああ、お前さん達も大分気が早いが、先方は更に上だよ。昼過ぎで良いと言ったのに、朝っぱらから顔を出しよったから、今は会議室で待たせてる所さね」
グレイラは気を落ち着かせるように、最後に大きく煙を吸い込んで吐き出すと、葉巻を灰皿に押し付けた。
「まだ約束の時間前だが、役者は揃った。早速顔見せと行こうじゃないか。付いといで」
そう言うと、グレイラはドアを開けて先導を始めた。
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