第四章 助っ人もヤベー奴だった

第39話 朗報

 俺が子供の姿に戻ってから数週間が経った。


 助っ人が見付かったという報せは未だに無いが、その間をただ座して待ち、無為に過ごしていた訳では勿論ない。


 来たる探索に向けて錬金術の復習や自己鍛錬に精を出しつつ、合間には依頼を通して街の連中にせっせと顔を売る日々を送っていた。


 時に痴女二人に襲われては隙を見て逆襲し、片やアンバーの発作に見舞われ始末に追われたりと苦労も増しているが、徐々に以前の生活のリズムを取り戻しつつある。


 錬金術の実験に使う為の素材を集めるついでにと、ギルドの仕事をいくつも片付けていた結果、俺はあっという間にAランクにまで昇格を果たしていた。

 自身で打ち立てた最年少記録を、ことごとく塗り替えてしまった訳だ。


 まあ当然の話ではある。

 外見こそ10歳児とは言え、中身はSSランクの知識と経験が詰まっており、装備や仲間も超一級揃いなのだから。

 ここまでのお膳立てがあって出世できなければとんだ無能だ。


 人前で猫を被る事にも大分慣れ、地盤固めは順調に進んでいると言えた。



 忙しなくも充実した日々が流れる最中さなか、薄っすらと空気に初夏の匂いが混ざり出したとある日の朝。


「……おはようございますわ~……」


 俺とフェーレス、アンバーの3人で食卓を囲んでいる所へ、朝に弱いセレネがいつものように寝惚け眼をこすりながらへろへろと現れた。


「おう。今日はまあまあ早い方だな。冷めた朝食にならずに済んで良かったじゃねぇか」


 俺は焼きたてのトーストにバターを塗りながらセレネを迎える。

 熱にじゅわりととろけたバターの香りが、ふわりと食卓を満たして行く。


「ああ……食欲をそそられますわ~。アンバーさん、私の分も用意して頂けまして?」

「承知。今ならまだ温め直さずとも良いでしょう。今朝はセレネ殿の好物、オニオンスープが有りますぞ」


 アンバーが頷きながら席を立ち、キッチンへ向かって行く。


「それはそれは、楽しみですわね。……ああ、そう言えばヴァイス様。こんなものが届いていましてよ」


 その姿を目で追っていたセレネが、席に着きながら一通の手紙を差し出して来る。


 ダイニングへ来る途中でポストを確認してきたのだろう。


 基本的にこの敷地内へは他者は入り込めないが、こういった郵便物の配達に関しては例外だ。

 俺達宛ての荷物は、まずは一旦ギルド本部へ送られ留め置きされる。そしてギルド長グレイラ直下の信頼できる者に立ち入り許可を与え、毎朝配送させているのだ。


 受け取った手紙の差出人を確認すると、そこには見慣れた判が押印されているだけだった。


「ふん、ギルドからか。また下らん仕事でなけりゃ良いがな」


 一つ鼻を鳴らしながら封を破る。


 春から夏にかけての時期は、新緑と共に頭がお花畑になってしまう輩が出没する頃合いでもある。

 特に今年はヴェリスが姿を見せないせいで、度を越して羽目を外す馬鹿が増えた。その始末の為の要請が何度か届いているのだ。

 その度にフェーレスやアンバーを出動させて事を収めていた。


 初めに手紙が来た際には、助っ人の目途が立ったかと喜び勇んで読んだものだが、幾度もそんな調子で肩透かしを食らい、少々うんざりしている所だ。


 俺はトーストを齧りながら文を斜め読みしていたが、途中からトーストを咥えたままで手紙を穴が開く程に睨み付けた。

 そして冒頭から改めてじっくりと読み直すと、


「──ぃよっしゃああああああ!! 来た! 来たぜおい!!」


 快哉を叫び、手紙をぐしゃりと握り潰しながら拳を天井目掛けて突き上げた。


「あによ~、いきなり叫んで」


 丁度スプーンを口に入れた格好だったフェーレスが、顔をしかめて聞いてくる。


「今の状況で俺が喜ぶ要因なんぞ一つしかねぇだろ! ついに来たんだよ! 助っ人が!」


 俺は口からトーストが零れ落ちた事も気にせずにフェーレスへと言い返す。


「待ってたぜぇ、この時を……! ババアが直に見て太鼓判を押したらしい。なかなか期待できそうじゃねぇか!」


 ぐしゃぐしゃになってしまった手紙をテーブルの中央へと放ると、セレネが手にしてしわを広げながら読み始めた。


「あらあら……今日のお昼過ぎにも面会希望、と。これは忙しくなりますわね」

「おおう、急展開。さてさて、あんたの代わりが務まるかしらね~?」


 フェーレスが悪戯っぽい視線を投げて来る。


「務まって貰わにゃ困る。これ以上は待てねぇ。いい加減、4人ででも突っ込んじまおうかと計画し始めてたくらいなんだからよ!」


 俺は鼻息荒く座り直すと、猛然と食事を再開した。


「も~せっかちなんだから。お姉さんとしては、あと1年くらいそのままでいてくれた方が嬉しいのになぁ」

「てめぇの都合なんざ知るか! おら、さっさと食っちまえ! アンバーもとっとと戻れ! 朝食済んだら出かける準備だ!」


 3人を急かしながら、自分も目の前の料理を口に詰め込んでは、がつがつと咀嚼する。


 ようやくにして事態が動く。

 その歓喜を噛み締めるように。

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