第38話 才能の無駄遣い
回避を取る間も何も無い。
総毛立つ感覚と共に宙を舞った俺の瞳には、未だに地に足を付けたまま動かないフェーレスの姿が映っている。
両足を払われたのだと気が付いた時、既に受け身もままならない距離に地面が迫っていた。
来るであろう衝撃を覚悟した俺だが、不意にふわりとした浮遊感に包まれ、落下が止まる。
思わず閉じていた目を開くと、俺の身を俗に言うお姫様抱っこで支えるフェーレスのドヤ顔が間近にあった。
「せっかくの綺麗な顔に傷が付いたら困るしね~」
言いながら、呆気に取られる俺を背中から優しく地面へと降ろした。
「──勝負あり! 勝者フェーレス殿!」
アンバーの審判が下り、自分が負けた事をようやく理解する。
それにしても、今のは一体何をされたのか? フェーレスの動きがその軌跡の欠片すら見えなかった。
自身の
最早驚きしかない。今この瞬間、フェーレスが二人存在しているのだから。
「どういうこった……?」
困惑のままに双方を見比べているうちに、遠い方の輪郭がぼやけて薄れ、ゆっくりと消えていった。
「残像だ。……なんつって」
澄まし顔で言ってみせるフェーレスに、俺は感嘆の声をあげた。
「……仰天ものだぜ……まさか更に上の段階があったとはな」
「これでお分かり? 私もそれなりに進化してるって事」
「ああ、認めてやるよ。それでこそ俺のパーティに相応しい」
鼻を高くするフェーレスへ掛け値なしの称賛を送る。
「ぷっ、負けた癖に何で上から目線なのよ?」
吹き出すフェーレスに釣られ、俺も頬を緩めて互いに笑い合う。
そうして気が抜けると、どっと疲労が襲ってきた。
張り詰めていた糸が切れたように力が抜ける。全身の感覚も一気に薄れ、固い地面に寝ている事すら気にならない。
負けこそしたが、それなりの手応えはあった。十分今後に活かせる内容である。
「お二人とも、お見事でしたな。残り時間は丁度1分と30秒。いやはや、そのお姿でSSランク相手に1分以上保っただけでも大健闘で──なんと!?」
こちらに歩み寄りながらそこまで話していたアンバーが、急に身をびくりと震わせ、慌てた様子でくるりと後ろを向いた。
「あん? どうした」
「いえ、あの、そのですな……」
俺は大の字になりながら尋ねるが、アンバーは姿勢をそのままに口籠る。
「アンバーもがっつり見といたら良いのに。こんな青空の下で眺めるマッパの美少年なんて、なかなかにレアよ~?」
……は?
「い、いや、拙僧には
そんな会話を聞き、俺は疑問符を浮かべたまま自分の身体を確認する。
「──な……いつの間に!?」
地に横になる俺は、何故か一糸纏わぬ姿となっていた。
ついさっきまで着ていた衣服が周囲に散乱している。
「んっふっふ~。説明しよう!」
フェーレスが満面の笑みを浮かべて胸を張った。
「フェーレスお姉さんは美少年を前にすると脳内麻薬が増し増しになり、普段の3倍の速度で動くことができるのだ! その光にも届く圧倒的速さをもって、ヴァイスきゅんを宙に浮かせたついでに引ん剝いたのである! これこそ、一瞬にして対象の衣服を問答無用で着脱させる対美少年専用究極奥義! 人呼んで
「下らん事にばかり才能を費やすんじゃねええええ!!」
揚々と語る馬鹿に向けてあらん限りの声で叫ぶ。
せっかく見直した所でこれだ!
こいつの脳には、レンジャーとしての必須知識がすっぽりと抜け落ちている代わりに、そういう変態技能が詰め込まれている訳か!
「まぁまぁ。どうせ脱ぐんだから手間が省けたと思ってさ~。好きにして良いんでしょ? ん?」
俺を見下しながら、口の両端を吊り上げるフェーレス。
おのれ、なんて憎たらしい笑い方しやがる。
しかし参加賞を出すと言ったのは紛れもなく俺だ。
有言実行が己の信条である。今更撤回などできようか。
「……ああ、俺に二言はねぇとも! どうとでもしやがれ!!」
俺はヤケになり、大地に四肢を投げ出した。
「ヒュ~、おっとこらしい~! ギャップがたまんないわ~」
フェーレスは涎を手の甲で拭いながら、俺の太腿の間へすとんと跨った。
「そう言えば、意識がある時に手を出すのは初めてだったわね。良い声で鳴いてくれると、お姉さん嬉しいな~」
言いながら俺の胸板から下腹部へかけて、つつっと人差し指を滑らせる。
俺はびくりと身を震わせながら絶叫を放った。
「アンバー、スタートだ!! 一秒たりともオーバーするんじゃねぇぞおおおおおお!!」
「しょ、承知!」
「いっただっきま~す!」
こうして雲一つない晴天の開放感の下、短くも濃厚な、一方的な快楽という名の拷問が始まった。
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