第37話 抵抗

「──うおっ!?」


 咄嗟に首を反らした俺の鼻先を、フェーレスの右手が通り過ぎた。


 間髪入れずに襟元へ伸びる左手を手の甲で打ち払い、俺はフェーレスの顎へ目掛けて右足を跳ね上げる。


 当然のようにフェーレスは僅かに首を傾けただけで避けるが、これは囮だ。


 振り上げた足の勢いで俺は後方へ宙返りをしながら距離を取る。

 が。


「いらっしゃ~い」


 着地した背後から、既に回り込んでいたフェーレスの声が聞こえると共に、肩をぽんと叩かれた。


 瞬間、俺は前へ飛び出し的を絞られないようジグザグに走り始める。


「ん~、必死に頑張る美少年も絵になるねー。これはこれでずっと見ていられるわ~」


 そんな呑気な事をほざきながらも、俺の変則移動にもぴったりとくっついてくる。その声にはまだまだ遊びが感じられた。


 逆に俺は追い詰められる一方だ。

 正直ここまでの物とは思っていなかった。足運びが全く見えないのだ。


 ブーツの魔力を最大まで解放しているというのに、俺が向かう先々へと、全く同じに見える姿勢で瞬間移動のように立ちはだかるフェーレス。完全に捕捉されるのも、最早時間の問題だろう。


「くっそ、てめぇ今までの組み手では手抜きしてやがったな! そこまでのギアは見た事ねぇぞ!?」


 予想外のフェーレスの速さに、俺は思わず叫んでいた。


「そりゃーそうでしょ。真面目にやったってあんたに勝てる筋は無いんだから。全力出すだけ無駄ってもんよ」


 悠々と俺に並走しながら言い返して来るフェーレス。


「まぁこう見えてあたしも一応SSの端くれだし? 舐められない程度にはちゃんと裏で鍛えてたりする訳。ちょっとは成長してるっしょ?」


 フェーレスはウィンクを一つ寄越すと、一度減速して俺の背後へ張り付いた。


「追いかけっこも割と楽しかったけど、そろそろ終わりにしよっか~。ご褒美タイムゲーット!」


 後方から叩き付けられる圧力を受け、躱しきれないと判断した俺は、短剣を鞘ごと外して握り込むとそのまま振り向きざまに裏拳を放った。


「はいざんね~ん」


 事も無げに俺の手首をがしりと掴み、にんまりと笑うフェーレス。


「後はこのまま押し倒して~……」

「そう簡単に終わると思ったか?」


 俺もにやりとし返すと、第三の装備を使用した。


「へ? ──あだっ!」


 俺に覆い被さろうとしていたフェーレスの鼻っ面が、不可視の何かにごつんと跳ね返される。


 その隙に緩んだ手から逃れると、俺は短剣を握った腕を弓矢でも引くように大きく引き絞り、フェーレスへ向けて鋭く突き出した。


 ドゴスッ!


 フェーレスは素早く腕を交差させて防御をするが、衝撃そのものは殺し切れずに、その場から大きく吹き飛んで行った。


「……あんたね、レディの顔になんて事すんのよ」


 離れた場所へ着地し、守りを解いて文句を漏らすフェーレス。その鼻は赤く腫れている。


「ふふん、捕まっても抵抗すると言ったはずだぜ」


 俺はせせら笑うと、幾何学模様を光らせる短剣を構え直した。


 この鞘に仕込まれた魔力で、目に見えない障壁を創り出したのだ。

 本来は盾として扱う物だが、こうして鈍器としても役に立つ。発想次第で様々な可能性を秘める便利な装備だ。


「ふーん、そう。強くて可愛い子なんて最高だけど、今のはお姉さんちょっとカチンと来ちゃった」


 フェーレスは笑みを消し、ダメージを確認するように首をぐるりと回す。

 そして顔が正面を向いたや否や。


 ──俺の視界が瞬く間に反転した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る