第35話 挑戦者
「いいか、種目は鬼ごっこだ。範囲は庭の中。俺は全力で逃げる。お前はそれを捕まえる。それだけだ」
俺が簡潔に趣旨を並べるのに対し、フェーレスはすかさず突っ込んでくる。
「で、参加賞ってのは?」
「まあ聞け。制限時間は3分。逃げ切れば俺の勝ち。その前に捕まればお前の勝ち。残り時間の分、俺を好きにして構わん」
「マジで!?」
乗り気ではなかったフェーレスの瞳が、途端に輝き出す。
「何してもいいの!?」
「ああ。俺に二言はねぇ」
「よっしゃ~!! なら乗った! どうせなら1時間くらいにしない?」
「こっちの体力が保つ訳ねぇだろ! 今の俺がお前相手に全力で動けそうなのが、3分程度と見積もったんだよ!」
フェーレスの戯言に叫び返すと、俺は仕切り直して続けた。
「探索中、もし俺が単独で敵に狙われた場合を想定しての訓練だ。3分も粘ってれば、お前らの内誰かは助けに来れるだろう?」
「な~る。さっすが元インテリマッチョ。色々考えてるね~」
「まだ『元』を付けるな! 絶対戻るって言ってんだろ!」
フェーレスの軽口にむきになって怒鳴る。
そう、このままでは『元ヴェリス』が定着してまう。一刻も早く元の身体へ戻らなければ。
しかし皮肉にも、戦闘力が下がったお陰で機能し始めた俺の第六感は、あの遺跡の探索は一筋縄では行かないだろうと警鐘を鳴らしている。
調査をスムーズに進める為にも、基盤をしっかり構築し、万全を期して臨むべきだと。
3人の実力は疑うべくも無いが、俺がお荷物になる事は目に見えている。その負担を軽くする為にも、俺自身もある程度動けるようにしておく事は必須だろう。
「拙僧も、何かお手伝い出来る事でもありましょうや?」
勢いで連れて来たアンバーだが、丁度良い役目を思い付いた。
「お前は審判だ。これで時間計ってろ」
俺はベストのポケットから懐中時計を取り出すと、アンバーへ向けて放り投げた。
「はっ、承知」
役目を貰って嬉しそうなアンバーが時計をしっかりと受け止めるのを見届け、俺はフェーレスから距離を取った。
そして念入りな準備運動をしながら声をかける。
「フェーレス、ルールに一つ追加だ。俺を捕まえた上で、背中を地面に着ける事で決着とする。それまで俺は抵抗するぞ。そのつもりでな」
「ま、逃げ切る為の訓練ならしゃーないか。りょーかーい」
フェーレスも軽く手足をぶらぶらさせてほぐしつつ承諾する。
「ついでに言っとくと、初っ端から飛ばして来るんじゃねぇぞ。すぐ終わったら訓練にならん。まずは軽く流せよ?」
「はーいはい」
理解しているか怪しい軽薄な返事を寄越し、フェーレスは上半身を前傾させ、両手を身体の前へだらりと垂らした。
「こっちはいつでもオッケーよ」
舌をぺろりと見せると、その黄金の瞳が獲物を狙う猛獣の如く光を放つ。
こうして縮んだ身で改めてその眼光を受けると、かなりの圧迫感がある。伊達にSSランクではない。
舐めていたつもりはなかったが、無意識に元の姿での感覚を引き摺っていたらしい。
気分を入れ替えて、警戒度を最大まで上げる必要がありそうだ。
自分も準備運動を終え、集中力を高めながら両足で地を踏み締めて腰を落とす。
「よし……」
全神経を研ぎ澄まし、フェーレスの挙動を見逃すまいとその全身を凝視する。
模擬戦とは言え、勝ち目の全く見えない相手と対峙するのは一体何年ぶりだろうか。
緊張と共に、血が沸き立つような高揚感が身体中を駆け巡って行く。
「じゃあ一丁やるか。アンバー、合図を」
久しぶりに試される側に立った喜びを胸に、俺は覚悟を決めた。
「なれば、いざ尋常に……始め!」
アンバーの手が振り下ろされると同時に、全力で身体を真横へと投げ出した。
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