第34話 いいから付き合え
「……それで、なんで家の庭な訳?」
家を出てすぐ目の前の広い庭へと連れて来ると、早速不満気なフェーレスの視線が飛んできた。
「しかもちゃっかりアンバーもいるし。二人っきりのデートじゃなかったの?」
離れた場所で遠慮がちに佇んでいるアンバーへもじろりと一瞥をくれると、再び俺へと目を戻す。
「デートとは一言も言ってねぇ。アンバーはまぁ、ただの成り行きだ」
玄関のドアを開けると、正面に土下座をしているアンバーの姿があったのだ。どうやら意識を取り戻してから一晩ずっと居たらしい。
俺を見た途端に見苦しく謝罪の言葉をまくし立てて来るのを制し、問答無用で同行させたのだ。
「……勇者殿の許しを得るまで敷居を跨ぐまいと待機しておりましたが、邪魔であれば何処へなりとも消えまする……」
「いつまでうじうじしてんだ。許しも何も、俺は昨日言ったはずだぞ。構わねぇと」
フェーレスに気を遣ってか、そんな事をほざくアンバーへきっぱりと言い放つ。
「……なんと……!! あれ程の失態の後でも、あのお言葉は撤回されなかったのですか……! なんと慈悲深い事か……くぅぅぅぅ!」
アンバーが涙混じりの声を出し始める所へ、俺は先手を取って釘を刺した。
「泣くのは無しだとも言ったな? いちいちこの程度で動揺してるようじゃ、戦神にも笑われるぜ。精神修行のやり直しと思って、ちったぁ我慢しやがれ」
「はっ……! 真にもってその通りですな……拙僧とした事が、我欲に信仰を見失う所でありました。勇者殿のお言葉、確と胸に刻み込みましたぞ。深く、深く感謝を……」
大仰に頭を下げるアンバーの声には、ようやく普段の張りが戻っていた。
後は緊急時以外お触り禁止にしておけば、こいつに関してはそれほどの障害とはなるまい。
直接的な被害としては、フェーレスとセレネの方が余程脅威だ。
「ねー、何の話?」
やり取りをつまらなそうに眺めていたフェーレスが尋ねてくる。
「こいつもお前らと同じ穴の
「ふーん。あっそ」
俺が大雑把に返すと、表面上はそっけない言葉を吐くフェーレス。しかし一瞬にまりと口が緩むのが確かに見えた。からかうネタが出来たとでも思ったのだろう。
そんな話をしながら、庭の中心へ二人を伴って進む。
「そんで、結局何がしたいのよ?」
俺が足を止めると、背後のフェーレスが痺れを切らしたように聞いてきた。
「昨日の件で雑魚どもとやり合って、最低限の動きは出来ると分かった。次は上限がどこまでかを確かめておこうと思ってな」
振り向いてフェーレスと目を合わせると、俺は続ける。
「そこでお前の出番な訳だ。模擬戦に付き合え。久々に一つ汗を流すとしようぜ」
それを聞き、フェーレスの顔に不満がありありと浮かんだ。
「うぇぇ~? なんでそんなめんどい事にあたしを指名すんの? アンバーなら喜んでやってくれるっしょ」
「こいつは俺が相手だとポンコツ化すると判明した。訓練には使えねぇ」
「真に申し訳ありませぬ……」
フェーレスの不平にそう返すと、アンバーの身が縮こまる。
「むう。どーせ汗かくんならこっちが良いのにな~」
言いながら、フェーレスは片手の親指と人差し指で円を作ると、もう片方の手の人差し指をすぽすぽと通すジェスチャーをして見せた。
「夕べもやらかしやがったばっかりだろうが! いい加減がっつき過ぎだ! 卒業したての童貞かよ!」
「ふふん、イイ事は何度ヤってもイイもんなのよ」
俺が怒鳴り付けても、反省どころか不敵な笑みを浮かべるフェーレス。
「美少年の旬はすぐ過ぎちゃうからね。ヤれる時にヤっとかないと! 『若さ短し犯せよ少年』って言うくらいだし」
「どこのどいつだ! そんなふざけた事抜かしやがったド阿呆は!!」
「あたしだけど?」
「……はぁぁぁ~……」
やはり本物の阿呆か……
「それが?」とばかりに平然と言い返してくるフェーレスに、俺は唖然として息を吐くしかなかった。
それに構わずフェーレスは更に口を開く。
「あんたがその姿になった時に言った事覚えてる? あたしのど真ん中のタイプだって」
「……覚えちゃいるが、それが何だ」
「あんたが珍品に目が無いように、あたしも美少年にはこだわりがあるのよ。今のあんたは、あたしにとってはSSランクの超絶レアモノな訳。それが目の前にぶら下がってるのに、手を出さずにいられると思う?」
「む……」
俺自身、病的なまでの収集癖だとは自覚がある。お宝として例えられると、異常な執着もすとんと腑に落ちた。
「……だとしても限度ってもんがある。前にも言ったが、せめて同意を取れ。俺の都合も考えろ」
「そう言っといて、結局デートもしてくれてないしさ~」
頭の後ろで両手を組みながら、唇を尖らせるフェーレス。
今回は随分粘るな。まあ確かに期待させておいて肩透かしを食わせたのだから、少しはこちらにも非はあるか。
「……分かった。なら参加賞を付けてやる」
俺はフェーレスが飛び付きそうな餌を考え付き、模擬戦の内容を改めて説明し始めた。
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