第32話 開眼

「……此度こたびは大変な無様を晒し、言い訳のしようも御座いませぬ。どうぞ如何様にも処分を願いたく……」


 謝罪と共に、兜をみしみしと鳴らして更に地面を穿っていくアンバー。

 その様は土下座オブ土下座と呼ぶに相応しい。最上級の反省の色が滲み出ている。


 リビングに飾っておきたくなる程の芸術的な出来栄えだが、そういう訳にもいくまい。


 俺は咳払いを一つすると、アンバーへと静かに語り掛けた。


「……ふん。まあ驚きはしたが、別に責める程の事じゃねぇ。今更性癖の一つや二つ出て来ようが構うものかよ」


 既にフェーレスとセレネという特上の変態どもに目を付けられているのだ。過敏体質が一人増えた所でなんだと言うのか。


「し、しかしこの様では、いつまたご迷惑をお掛けする事になるか……いっそ拙僧は脱退した方が宜しいのでは……?」

「はっ! てめぇら大罪人を引き取った時点で迷惑なんざ織り込み済みだ。俺のパーティにいらない奴なんざいねぇ。それが例えどうしようもない変態でもな」


 恐る恐るといった言を笑い飛ばした俺に、アンバーはがばりと身を引き起こした。


「お……おお……なんという寛大なお言葉……! 流石は我が勇者殿と見込んだ御方……!! その大器、まさに天におわす主が如し! 拙僧、感涙で前が見えませぬ!! ふぉおおおおおいおいおいおい……!!」


 叫ぶと同時に、またもや滝のような涙がざばざばと流れ落ちる。


「ぬぁああああ! やっかましい!! もう泣くのは無しだ!! うざってぇ!」

「はっ……申し訳ありませぬ!!」


 俺の一喝に再びガシャンと頭を地面に埋めるアンバー。しかし先程の完璧な土下座とは様子が違う。

 その全身を、ビクビクと震えが走っている。


「……う……ふぅううう……!!」


 この声……まさかとは思うが……


「おい、アンバー……?」

「……ふぅううううふふふふ……!! 勇者殿……どうか一つお聞き願いたく……恥の上塗りと相成りますが、なればこそ、一切合切をここに白状致す所存……」


 土中から、普段より更に篭った声を響かせるアンバー。


「まさに今、拙僧は開眼成り申した……幼子となられた勇者殿の眼前にてこれ以上無い醜態の挙句、その足元へ頭を垂れ、見下され、更にはお叱りのお言葉を頂戴したこれなる状況を……」


 そこまで言うと、むくりと上体を起こし、堂々とした正座へと姿勢を正す。

 そして、


「心底こころよいと断じるにいささかの迷いも有りませぬ!!」


 一片の淀みも無く、きっぱりとそう言い切った。


 アンバーの告白を聞き届けた俺は、くらりと大きく視界が揺らぐのを感じた。


 やべぇ……こいつも真性になっちまった……


 しかも最悪なのが、俺の行動が引き金となって覚醒させてしまった事だ。己の軽率を呪うしかない。


「さあ勇者殿! 笑って下され! 嗤って下され!」


 両手を大きく広げ、高らかに声を上げるアンバー。


「大いに失望されるも止む無し! ここに座すは、羞恥に愉悦を得るまことの屑なれば! いざ、嘲笑い! 蔑み! お好きなように罵倒を浴びせかけられよ!!」


 完全に開き直ったアンバーは、朗々とそんなふざけた事を抜かして見せた。


 俺は奴のリクエストに応えるつもりは微塵も無かったが、その振り切れた口上の勢いに押され、思わずジト目で一言漏らしてしまった。


「……引くわー……」


 その呟きを聞き取ったアンバーは、仰け反りながら絶叫を放つ。


「──恐悦! 至極!!」


 グワッシャアアアアアアアアン!!


 何度目になるかわからない轟音を立て、膝を畳んだままの姿勢で背後の穴へ引っくり返っていった。


 一応様子を確認すると、時折びくりと震えるものの、意識は完全に飛んでしまったようだ。全く反応が無い。


「……付き合ってられん……」


 このデカブツを引き摺って行く事は今の身では不可能だ。

 俺は首を振ると、アンバーをそのまま残して帰宅した。



 家に着けば着いたで、今朝の仕置にへそを曲げた痴女二人の猛抗議に遭い、放置してきたアンバーに代わって夕飯を作らされる羽目になるのだった。

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