第31話 上級者
ズガシャアアアアアアアアアン!!
黒銀の鎧姿が、轟音と共に大地を揺るがした。
衝突の勢いでその体躯がめり込み、道路を人型に陥没させる。
「ふぉおおおおおおおおおおおおお……!!」
穴の中からアンバーの奇声が再び響き出した。
「何事だ、おい!?」
揺れに足を取られた俺は耳を塞ぎながらしゃがみ込むと、思わずアンバーへと叫び返す。
「……ふぉおおおおおお……!」
しかしアンバーは地面に大の字で埋まったまま、謎の雄叫びを上げ続けている。
同時にその身がガタガタと痙攣し、余波が周囲を大きく揺さぶり、立ち上がる事もままならない。
「一体なんだってんだ!! たかが手を繋いだだけだろうが!! ここまで騒ぐ要素がどこにある!?」
負けじと張り上げた俺の声がようやく届いたのか、奇声はぴたりと収まった。
代わりに掠れた声でぼつぼつと漏らすのが聞こえて来る。
「……手……そう、手を……勇者殿からあのようにして手を握って頂けるなど……」
そう呟く間にも小刻みに体を震わせている。
「……拙僧は、ただ勇者殿のお傍にてお仕えするだけで十分であり申したものを……よもやこれ程の望外なお慈悲を
そこまで言うと、アンバーの兜の首元からドバドバと大量の液体が溢れ出した。
まさかこいつ、泣いているのか!?
「ふぉおおおおおおいおいおいおいおい……!」
どうやら奇声と思っていたものは泣き声だったらしい。涙は留まる事なく、たちまち穴の中へ水溜りを作っていく。
「お前……! 流石に大袈裟過ぎだ!! 手を繋いだ程度でそこまで号泣する奴があるかよ!? 店でも拳で触れたばかりだろう!!」
「……否!! 無礼を承知の上、敢えて異を唱えさせて頂きますぞ! 先のそれは互いの健闘を称えるものであり、不純な意思など微塵も無く! しかし……」
アンバーは俺の言葉に反応し、ついさっき握ったその手を中空に掲げると尚も言い募った。
「此度の接触は、勇者殿より明確に友誼を込められた至高の一握……まさに福音が如し……!! 拙僧は、これ程の昂ぶりを他に知りませなんだ!!」
普段大声を出さないアンバーが、怒涛の勢いでまくし立てる。
俺は勢いに押されて聞き手に回るしかない。
「無論、勇者殿にとっては取るに足らない行為でしょうとも! その旨、確と心得ておりますれば! しかし拙僧にしてみれば、他に類を見ぬ一大事!! 斯様な醜態を晒す事、何卒、何卒お許し下され……!!」
その身の震えも増々大きなものとなり、遠慮もなしにのたうち回るアンバー。
襲い来る振動と騒音に付き合うこっちは良い迷惑だ。
「てめぇ、いつまでもぎゃーぎゃーうるせぇぞ! いい加減にしやがれ!!」
流石に鬱陶しくなった俺は、揺れの合間を縫って跳び上がり、両足を揃えてアンバーの顔面を踏み付けてやった。
当然のように兜はびくともせず、逆に俺の足が痺れただけだったが、ある程度の衝撃は伝えられたらしい。アンバーの身がふと固まった。
「ふぉ──!?」
しかし次の瞬間、アンバーは海老反りになって腰を浮かせ、ブリッジのような態勢を取って絶叫した。
「──ふおおおおおおああああああああ──!」
マジかおい……今ので逝きやがっただと……!!
手を握るだけで悶絶し、蹴りを食らって昇天するとは、フェーレスが茶化して言っていた上級者そのものではないか!
喜んで貰えたのは良いとしても、なんとも反応に困る有様だ。
ズシン……!
絶頂の糸が途切れたのか、アンバーの身体が再び大地を揺らして沈み脱力した。
俺はその弾みで元居た地面へと飛び退く。
ようやくの静寂が訪れ、俺は立ち上がるとアンバーを見下ろしながら問いかけた。
「……少しは落ち着いたか?」
数秒の間を置いて、アンバーは穴から這い出ると、俺から僅かに距離を置いた。
と思った直後、
ドガン!!
と道路へ勢いよく顔面を叩き付け、豪快に過ぎる土下座を披露して見せた。
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