第30話 褒美
地獄──
まさにこの一言に尽きる。
良い子を演じる為に、好物の酒は飲めない。
料理も出されるごとに一瞬で奪い尽くされ、一口もありつけない。
その上周りはむさくるしい野郎ばかりと、これ以上無い三重苦である。
こんなにも宴会が苦痛に思えたのは初めての事だ。
実際には1時間弱しか経っていなかったが、無限に続くのかと思える程に、酷くゆっくりと時が流れるのを感じていた。
アンバーが掃除を終えた時点で俺はギブアップし、他にも回る先があると言い訳をしてようやく抜け出す事が出来た。
あと5分でもアンバーが遅れていたら、俺は目の前の酔っぱらいどもへと見境なく襲い掛かっていただろう。そう確信できる程の試練だった。
「……あー……あんのくそったれどもが!! 思い返すだけで腹が立つ! 考えてみりゃ、ここ数日飲んでねぇんだぞ! その俺の目の前で、てめぇらだけ美味そうにがばがば
俺は道に転がっていた小石を、八つ当たりとばかりに思い切り蹴り飛ばす。
大きく放物線を描き、小石は道の脇にぽっかりと開いた大穴へと吸い込まれていった。
以前の俺が鍛錬中に抉った穴の一つだ。
黒髭亭を後にした俺達は、予定していた挨拶回りを切り上げて帰路に就いた。
レイシャの店へ顔を出す気力もなく通り過ぎ、今は既に家の敷地内へと入っていた。
夕焼けに照らされ、大小二つの影を道へと落としながら並んで歩く。
衆目から解放された俺は被っていた仮面を脱ぎ捨て、素の口調へ戻して叫んだのだった。
「……ふぅ~……全く、良い子ちゃんも楽じゃねぇな」
大声を出したお陰で溜まった
自分で設定した性格とは言え、少し真面目にし過ぎたかも知れない。窮屈にも程がある。
「心中お察し致しますぞ。叶うならば、拙僧がその荷を背負って差し上げたいものですが」
俺の愚痴を受け、アンバーがそんな事を言ってくる。
「ふん。これは俺の油断が招いた結果だ。出来たとしてもお前に
「は……差し出がましい事を申しました」
そうアンバーが頭を下げるのへ、無用とばかりに片手で制した。
自分の尻は自分で拭うのが冒険者だ。もちろん全員がそうではないだろうが、俺はそういう信念を持って動いている。
……まあ、こうして仲間の手を借りている時点で説得力は無いかも知れないが。
そこはそれ、困った時はお互い様という奴だ。
仮に俺ではなく身内の誰かが同じような目に遭っていたならば、請われるまでもなく助力していただろう。
少なくとも俺は、そうするに値すると認めた奴としか組まない。そんな覚悟も無いのなら、初めから組むべきではないのだ。
「それにしても、勇者殿の演技は堂々たるものでしたな」
辛気臭い話から一転、アンバーが朗らかな声を発した。
「また新たな一面を拝見でき、拙僧は感動の余韻に浸っておりますぞ」
「へっ、そっちこそ上々の出来だったぜ。お前は嘘が下手だからちと心配だったが、全くの杞憂だったな。ご苦労さん」
「なんのなんの。勇者殿のご要望とあらば、何事でもこなして見せましょうぞ」
「言うじゃねぇか。今後もその調子で頼むぜ」
そう返し、俺ははたと思い付く。
この所、アンバーには世話になり通しだ。
当人は見返りなど望んでいないと言ってはいるが、恩を受けっぱなしというのも俺としてはどうにも座りが悪い。
フェーレスとセレネに前払いをした手前、アンバーにも何か褒美を与えておくべきか、と考えが及んだのだ。
さりとて何が適当か。
金品などは当然受け取りはしないだろう。
俺に気があるのは認めていたが、他二人と違い、肉体関係は求めないとも明言している。
となれば、軽いスキンシップ辺りが妥当か……?
俺はいくつか考えた内、最もハードルが低いであろう選択肢をまず試す事にした。
「おい、アンバー。手を出せ」
「は……こうでしょうか?」
困惑しながら差し出されたアンバーの手の平を握り返し、俺は上目遣いで微笑みを贈ってやった。
「アンバーさん、今日はお疲れ様でした!」
茶目っ気を出して演技をして見せつつ、我ながらあざといと思える角度で小首を傾げると、兜越しのアンバーの瞳へと視線を注ぐ。
「な──なんと!? ゆゆゆ勇者殿! 突然何をされるのです!?」
俺と手を繋ぐや否や、アンバーはガシャリと鎧を鳴らして大きく
「ふふん、今日の活躍を労っての褒美だ。家に着くまで繋いでてやる。これくらいなら、淫らな行為には当てはまらねぇだろう?」
「……ぉ……」
硬直したままのアンバーが、聞き取れない
「……お?」
思わず聞き返す俺だが、アンバーは同じく小声を垂れ流すばかりだ。
「……ぉ、ぉ……」
やがてアンバーがぐらりとよろけるように後退し、俺と繋いだ手がするりと解けていく。
そして、
「──ふぉおおおおおお!?」
突然聞いた事もない奇声を発して、仰向けにぶっ倒れていった。
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