第29話 宴

「すごいすごい!! ヴァイス君、とっても強いんだね~!! 私、感動しちゃった!」


 俺を強く抱きしめたまま、興奮気味に背中をバンバンと叩くミオ。


「あははは……大袈裟ですよ。ほとんどはアンバーさんがやっつけたんですし」

「いやいや、謙遜するなよ坊や! アンバーさんは当然だが、お前の身のこなしも只事じゃなかったぜ。あれなら一人でも全部のしてただろ!」


 いつの間にか間近まで来ていた髭もじゃが興奮気味に言ってくる。


「ああ、見事なもんだったぜ! 坊やなんて呼べねぇな! 立派なルーキーだ!」


 スキンヘッドも続き、周囲の観客も次々と寄って来た。


「おうよ! Eとは言わずD……いや、すっ飛ばしてBでも通じるんじゃねーか?」

「お前なんかタイマン張ったら負けるんじゃねぇの?」

「ぎゃははは! 違ぇねぇ!!」

「うるせぇ! 俺は頭脳派なんだよ!」

「何だその言い訳は! やる前から逃げ腰になってんなよ!」

「だっはははは!! てめぇら下らねぇ喧嘩すんなって!」

「おら、みんなグラス持て! 新たな仲間、ヴァイスに乾杯だ!!」

「「かんぱ~~~~い!!」」


 俺を置き去りにして、勝手に盛り上がる酔っぱらいども。


 その人垣をかき分けるようにして、立派な顎鬚を揺らす巨漢……黒髭亭の店主が姿を現した。


「……大したものだな。助けに入るはずが、思わず見惚れちまったよ」


 俺の前へと歩み出ると、しゃがみ込んで握手を求める店主。


「この店の主、ヒューゴだ。ミオから大体の話は聞いている。挨拶が遅くなってすまん。そしてありがとうよ。本来なら俺が対応しなきゃならない事だったが、揚げ物の相手をしていて騒ぎに気付くのが遅れた。面目ない」


 ミオとの抱擁を解き、俺が握手に応じると、ヒューゴはそのまま深く頭を垂れた。


「気にしないで下さい。良い腕試しになりましたし。アンバーさんも、ひと暴れできてすっきりしたでしょう?」


 俺がにっと歯を見せ話を振ると、アンバーはこほんと一つ咳払いをした。


「ヴァイス殿も人聞きの悪い事を。……いえ、完全に否定はできませんな。道を誤った者の性根を叩き直す事も教義の一つ。それを遂行できた喜びは確かにありますとも」


 素直に認めたアンバーへ、俺は笑顔のまま拳を軽く差し向ける。

 意図を察したアンバーもそれに応じて拳を作り、俺の拳へこつんと突き合せた。


 そのやり取りを見てか、ヒューゴの髭が笑みの形に軽く揺れた。


「腕っぷしに加えて、アンバーとも対等に口を利く、か。ヴェリスの甥を名乗るだけはあるな」


 何やら納得した様子で頷くと、ヒューゴはミオへと視線を移した。


「ミオ、怪我は無かったな?」

「うん。二人のお陰でね!」


 ミオが言いながら俺の肩に手を乗せる。


「よし。じゃあ今日はもう終いだ。礼を兼ねて、ヴァイスの歓迎会を開くぞ!」

「あら、それは名案! すぐ閉めてくるね!」


 ヒューゴの言葉を受け、ミオは風のような勢いで入口へと飛び出していった。


「お前達、ヴァイスに感謝しろよ! 今日は全部奢りだ! 好きに騒げ!」

「「よっしゃあああああああああ!!」」


 客を振り仰いで放ったヒューゴの一言で、店中が歓喜に包まれた。


「良いんですか? こんな大事になっちゃって」


 繰り返されるヴァイスコールの中、俺はヒューゴに問いかける。


「ああ、構わんさ。全部ヴェリスのツケにしてやる。甥っ子の付き添いもしないんだ、金くらい出させておけ」


 涼しい顔してなんて事言い出しやがる、この野郎……!


 何で自分の歓迎会の費用を持たなきゃならんのだ。


「……ええ~……それは流石にまずいんじゃ……」


 俺が顔を僅かに引きつらせながら言うも、ヒューゴは笑い飛ばした。


「はははっ! 良いんだよ。どうせたんまり稼いでるんだ。それにあいつの器はでかい。これくらいで文句言うような奴じゃないさ」


 くそ、ここぞとばかりに褒めやがって……! これでごねたらヴェリスの株が下がるだろうが!


「……そうですね。では遠慮なくご馳走になります」


 苦悩を表情にも出せず、断腸の思いで俺は腹をくくった。


「閉めてきたよ、お父さん!」

「よし。俺は早速料理を準備する。お前はその辺ささっと掃除してから手伝いな」


 戻ってきたミオに、床の血溜まりを指して見せるヒューゴ。


「はーい!」

「掃除ならばお任せを。そもそも拙僧が汚した訳ですからな」

「いいえ、悪いのはあの人達! アンバーさんに責任はないわよ。でもそうね、二人でちゃちゃっと片付けて早く参加しましょ!」

「承知。しからばいざ」


 ミオとアンバーが連れ立って掃除へと取り掛かる。


「それじゃあヴァイス。今美味い物持ってくるから、席で待ってな」


 そしてヒューゴも厨房へと引っ込むと、一人残された俺に酔いどれどもがわらわらとたかってきた。


「いやーヴァイス君、ご馳走さん!」

「持つべきは出来の良い後輩ってな!」

「おらお前も飲め飲め!」

「ばーか、流石に早いだろ!」

「だっはっはっは! タダ酒さいこ~~~う!!」

「「ひゃっはああああああ~~~!!」」


 たちまちに囲まれ、身動きもできずに野郎どもにもみくちゃにされる。

 頭を乱雑に撫でられ、背中を叩かれ、挙句に股間や尻までまさぐられる始末だ。変態とは、意外にも身近に多く潜んでいるようだ。


 俺は鋼の忍耐力で笑顔を維持しながら、元に戻ったらまず最初にこの野郎どもへ地獄を見せてやると固く心に誓う。


 こうして、俺の冒険者再デビューは想定以上に派手なものとなった。

 しかしその代償として、自分が主役にも関わらず金を出させられた上、一滴の酒も飲めないという拷問のような酒宴に巻き込まれたのだった。

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