第27話 試運転

「おじさん達。大の男がよってたかって女性をいじめるなんて、恥ずかしいとは思いませんか?」


 俺は近寄りながら、頭目らしき男を見据えて声をかけた。


「ああん? なんだこのガキは。関係ねぇ奴は引っ込んでな!」

「そうそう。怪我したくなきゃ、さっさとママの所に帰りな」


 手下の一人の言葉に、盗賊どもがげはげはと下卑た哄笑をあげる。


 何故この手のチンピラは同じような台詞ばかり吐くのか。小悪党の為の教本でもあるのだろうか。


「ヴァイス君、危ないよ! 私は平気だから下がって!」


 ミオが健気にも言ってくるが、その身の震えは隠し切れてはいない。


 普段は気丈に振る舞っていても、所詮はただの街娘だ。10人を超すならず物どもに詰め寄られて怖くないはずがない。


「大丈夫ですよ、ミオさん。騒がしいお客さん達には、すぐに静かにして貰いますからね」


 安心させるべくそうミオへ微笑みかける俺を、頭目が床に唾を吐いて睨み付けてきた。


「けっ、騎士様ごっこか? ガキが調子乗ってんじゃねぇぞ、おい」


 俺はその視線にも動じず、慈悲を浮かべた笑みで応えて見せる。


「おじさん達の為を思って忠告してあげます。その辺にしておいた方が良いですよ。冒険者登録をする前に監獄送りになっちゃいますからね」

「ああ? 何言ってんだ。まさかてめぇが俺らを捕まえようってのか?」


 首を傾げて尋ね返す頭目へ、俺は軽く頷いた。


「そうしても良いですよ。でも、素直に自首しておいた方がマシかも知れませんね。おじさん達はどう見ても冒険者に向いていないので」

「ああん? どういう意味だそりゃ?」

「自分の実力が分からない人が冒険なんかしたら、すぐに死んじゃいますから」


 にこにこと言い放った俺の言葉がすぐには理解出来なかったらしく、数秒遅れて頭目が口を開く。


「……おい、まさか俺達がてめぇより弱いとでも言いてぇのか?」

「はい。ついでに言えば、ここにいるお客さん全員がおじさん達より何倍も強いです。痛い目どころか下手すれば殺されるので、さっさと出て行った方が身の為ですよ。幸いミオさんもまだ怪我をしていないようですし、今なら見逃してあげます」


 思わずいつもの調子で挑発めいた言葉になってしまったが、大部分は本心だ。


 冒険者にとって最も重要なのは分を知る事。現時点で自分が何をどこまでできるのかを把握する事だ。

 彼我の戦力差を見極める事など基礎も基礎である。


 こいつらは自分より強い者の殺気を受けても全く気が付かなかった。そんな鈍感な奴らが冒険者として食って行ける訳がない。


「……クソ生意気なガキだ。おい!」


 俺の親切心は届かなかったらしく、頭目は背後の手下を呼びつけた。


「そんなに強いってんなら証拠を見せて貰おうじゃねぇか!! お前らちょっと遊んでやんな!」

「おうさ!」

「合点!」


 頭目の脇を抜け、二人の男がのそりとこちらへ向かって来る。


 図体こそ大きいが、ただそれだけだ。

 その足運びはてんでばらばらで、構えも何もなく隙だらけである。やはり素人に毛が生えた程度の連中らしい。


 これなら装備の魔力に頼るまでもなく片が付くだろう。


「へっへっへ! 坊主、喧嘩売る相手が悪かったな!」

「俺達ぁ、ガキでも遠慮なんざしねぇぜ!」


 拳を振り上げ迫り来る二人の男。


 俺は冷静にその動きを見定めつつ、テーブルから拝借して袖へと忍ばせていたナイフとフォークを握り込む。

 マントが死角になり、奴らはそれに気付いていない。


 無防備なまま二人が間合いに入った瞬間、俺は手の内の得物をそれぞれの顔面目掛けて投げ付けた。


「──うお!?」

「いってぇぇぇ!!」


 片方は拳でナイフを弾いて見せたが、もう片方は反応が遅れ、額にフォークが突き刺さる。


「てめぇ飛び道具なんぞ使いやがって……!?」


 防御に成功した男が顔を赤くして叫ぶ間に、俺は既にその足元へと肉薄していた。

 そして間髪入れずに男の股間を容赦なく蹴り上げる。


 ぐしゃり、と肉塊を潰す感触が、ブーツ越しに伝わってきた。


「はぅぉ……!?」


 金的を受けた男は白目を剥き、股間を押さえてどさりと床に転がった。


 それを見て、フォークが刺さったままの男が目を見開く。


「ちょ、てめ……!?」


 喧嘩中に口を開くなど三下の所業だ。

 俺はその隙を逃さずに懐へ飛び込み、男の鳩尾へブーツの踵を突き刺した。


「げぅっ……!!」


 衝撃でフォークが抜け落ち、体をくの字に折り曲げる男。そこへ腰から鞘ごと引き抜いた短剣の柄で、後頭部を激しく殴打する。


 ガタンと派手な音を立てて顔面から床に突っ伏した男へ、追い打ちに延髄へと全体重を乗せた踵を叩き込み、完全に昏倒させた。


 あっという間の出来事に、盗賊達はおろか、周囲の客も声が出ない様子だ。


「ほら。だから言ったでしょう?」


 俺はいつもの癖でにやりとしかけた口元を抑え、頭目へと爽やかに笑いかけて見せた。

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