第25話 陰口
揚げ物をつまみに追加の酒をぐいぐい煽る飲んだくれどもと、控えめにミルクを啜るアンバーの会話が弾んでいる。
それを他所に、俺は大皿から取り上げた手羽先へと噛り付いた。
パリっと揚がった外皮を破り、柔らかい肉へ歯を入れた瞬間にじゅわりと油が染み出し、凝縮された旨味が口の中へと一気に溢れていく。
噛めば噛むほど味が湧き、いつまでも食べていたくなる。
毎度変わらず絶妙な味わいだ。
「──おい聞いてるか?」
自然と頬を緩ませる俺に、髭もじゃが話を振ってくる。
「……はい? 何でしたっけ」
食べるのに夢中で全く聞いていなかった。
咀嚼していた肉を呑み込み、聞き返す。
「お前の叔父貴の話だよ! あいつは本当に酷いんだぜ?」
「おおよ。この前なんかな、俺らが酔ってちょっとばかり小突き合いを始めたってだけで、これと同じくらいのテーブルを片手でぶん投げてきたんだぞ!」
髭もじゃの後を継いで話し始めたスキンヘッドが、目の前の大きなテーブルを指差した。
巨木を輪切りにした分厚いテーブルだ。今の俺ではびくともしない。
我ながら大した膂力である。
「喧嘩両成敗だとか抜かしやがって、二人とも半殺しにされたんだ! 信じられるか?」
「はぁ」
そんな事もあったような。
冒険者同士の喧嘩など、この街では日常茶飯事である。それを仲裁するのもしょっちゅうだ。どの件を差しているのか判別が付かない。
生返事をするしかない俺に、髭もじゃが噛みついてくる。
「おいおい、事のやばさがわからねぇか! やっぱり目の前で見なきゃ、この恐ろしさは伝わらねぇのかな」
それを受け、スキンヘッドが大きく頷いた。
「そうかもなぁ。あの時はアンバーさんが居合わせなかったら、マジで死んでたかも知れねぇのによ」
「ああ、そう言えばちゃんと礼を言ってなかったかな。アンバーさん、あんときゃ治療してくれて助かったよ」
揃って頭を下げる二人へ、アンバーは首を軽く振った。
「なんのなんの。しかし拙僧の記憶が正しければ、あの時はお二人にも落ち度があったように思いますぞ」
アンバーに言われ、二人はきょとんとした顔を見合わせる。
「お二人は酔いで記憶が不確かかも知れませぬが、
そう説教にも似た雰囲気で言い聞かせるアンバーに、二人はばつが悪そうに下を向いた。
Aランクと言えば、獰猛な大型魔獣とも張り合える力を備えた者達だ。木造の家屋一軒を解体するくらいは造作もない。
その加減なしの喧嘩に巻き込まれれば、一般人はもちろん、下位ランクの冒険者ですら命が危うい。
そんな事態となれば、当然ギルドも黙っていない。程度によっては警告なしに粛清もあり得る。
「放っておけば被害が広がるだけでなく、お二人も命を落とす羽目になった事でしょう。勇者殿はそれを憂いて、迅速に事を収束させるべく敢えて暴力に訴えたのです。そうでしょう、ヴァイス殿?」
「え? ええ、ほうらろおほいわふ」
滔々と語っていたアンバーに突然話を振られ、俺は唐揚げを頬張ったまま咄嗟に返した。
そうは言われてもいまいち覚えていないのだが。
単にうるさいと思っただけのような気もする。
まあ、良い方向に捉えてくれるならそういう事にしておくか。
「……ああ見えて叔父さんは優しいんですよ。この街が大好きで、いつも平和であるように願っているんです。そうでなきゃSSにはなれません。ですよね?」
唐揚げを呑み下し、俺は胸を張って言って見せる。それに対してアンバーがこくこくと大きく首肯した。
正義漢ぶるつもりはさらさら無いが、この街を気に入っている点については事実である。だからこそ、街を荒らす愚か者の処刑を進んで引き受けてきたのだ。
「……うーん……本当かぁ? わがまま大王にしか見えねぇが……」
「魔神が人の皮被ってるような奴だぞ。一つ善行したら良い人に見えるってだけじゃねぇのか?」
「ああ、悪党が子猫拾ったら評価爆上げって奴だな!」
「おう、それそれ! 坊や、騙されんなよ! あいつは絶対そんな玉じゃねぇって!」
「……そんな事ないのになぁ……」
俺は引きつりそうな口元を苦労して笑顔で固定する。
この酔っぱらいども、本人がいないと思って好き放題言いやがって……
自分の悪評を第三者として聞く身にもなってみろってんだ。
そう言いたい気持ちを抑え、俺はやり場のない怒りを美食で解消するべく、フライドポテトを皿に取り分けて口に詰め込んだ。
その時、カラカラと入り口の鐘が鳴り、店内に新たな来客を報せた。
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