第24話 顔を売るには酒の席

「はい、そうですよ。どのヴェリスかは分かりませんが、僕の叔父さんの名前はヴェリスです。お知り合いですか?」


 俺はにっこりと微笑みかけながら、赤ら顔をした二人の男を観察する。


 どちらもがっちりとした、いかつい大男だ。


 声をかけてきた男は店主に劣らない程の髭もじゃに加え、爆発でもしたかのようなパーマがかかった茶髪。

 もう片方は真逆に、見事なまでにぴかぴかなスキンヘッドをしている。

 双方30代半ばという所だ。


 どちらも馴染みの常連客で、たまに一緒に飲む事もある。ただし大抵が酔っぱらった弾みで同席するので、名前まではいまいち覚えていないが。


「お、おう。顔見知りってぇとこだがよ……」


 すらすらと臆せず返答する俺を見て、二人は軽い感嘆の表情を浮かべていた。


「……こりゃたまげたな。お前が声かけると大抵の奴はビビっちまうのによ。ガキなんざ下手すりゃ泣き出しちまうかと思ったが」


 言いながらスキンヘッドが、髭もじゃの肩へ肘を乗せてにっと歯を見せる。


「てめぇも人の事言える面かよ! しかしまぁ、確かに大したもんだ。堂々としてらぁ」


 髭もじゃが言い返しつつ、俺へと視線を戻して大きく目を見開いた。


「うぉっと、良く見りゃもうEランクだと? かぁ~! やっぱり血筋なのかねぇ」


 俺の首元に下げられたドッグタグを見て髭もじゃが嘆息する。


 このタグが冒険者ギルド所属を示す物であり、表にはランク、裏には名前や経歴などの個人情報が記入されている。言わば身分証だ。


 髭もじゃの言を受け、俺も相手のタグを確認する。


 平服に革の胸当てだけの軽装の上にぶら下げているタグには、大きく「A」の文字が刻印されていた。


「お二人ともAランクなんですね! すごいなぁ。僕とも是非仲良くして下さいね、先輩方」


 俺が多少大袈裟に驚いて見せると、二人はたちまち相好を崩す。


「おぉ? 俺らのランクの価値が分かるか! こいつは嬉しいねぇ。それなら喜んで仲良くしてやらぁ。なぁ?」


 スキンヘッドが目尻を下げてジョッキを掲げると、髭もじゃがそれに応じてカチンと乾杯をした。


「おおよ! AはSの成り損ないとか言われる事もあるからなぁ」

「──そんな事はありませんぞ。Aランクともなれば一角ひとかどの勇者を名乗るに相応しいと認められたも同然。お二人とも、どうか胸を張られますよう」


 横合いからアンバーが誉め言葉を贈ると、二人はたちまち畏まって背筋を伸ばす。


「おぉっと、こりゃアンバーさん! あんたのお言葉はいつも染みるぜ。いや、挨拶が遅れてすまねぇ。この坊やに気を取られちまったもんで」

「あのヴェリスの身内なら、声をかけない訳にもいかねぇだろ?」


 慌ててそうまくしたてる二人を、アンバーは両手で柔らかく制した。


「いやいや、気になさらず。ローバート殿、ゼレク殿。久方ぶりですな」


 ああ、そんな名前だったっけな。どっちがどっちかは分からんが。


「そうだな。しばらく見なかったが、あんたらが例のやばい件を片付けに行ってくれてたんだろ?」

「俺らにゃそもそも依頼が回って来なかったが、話だけは聞いてるよ。かなりのもんだったらしいね」

「まさしく。強者が挑むに相応しい試練でしたぞ。我が勇者殿がいなければ、拙僧ら三人でも厳しい闘いとなっていた事でしょう」

「あんたがそこまで言う程かよ!? それじゃマジもんのSSランク案件じゃねぇか!」


 しばしアンバーが冒険内容の一部を語り、二人が興奮した面持ちで相槌を打つやり取りが続いた。


 その会話に耳をそばだてていたのだろう、周囲の客から大きなどよめきが沸き起こる。


「──お待たせしましたー! あら、お二人も気になっちゃったの? こんな離れた席にまで来ちゃって」


 ざわついた空気を断つように元気な声を響かせ、ミオが運んできた大皿をテーブルに配膳していく。

 山盛りのフライドポテトや手羽先、魚のフライなど、これでもかと言う程の油物パレードだ。


「おおよ。丁度アンバーさんに土産話を聞いてたとこさ」

「いや流石だよなぁ。毎度話を聞く度に、同じ人間とは思えなくなるぜ」

「あー、そう言えばその勇者殿はどうしたんだ? あいつがこれだけ長い間店に来ないのも珍しいな」

「それ私も思った。いつもは一仕事終わったら真っ先に顔を出すのに。それに、何で甥っ子の門出に叔父さんが付いて来てあげないの?」


 三人の疑問に、アンバーが用意していた言い訳を話し始める。


「今回の依頼で赴いた遺跡にて、錬金術絡みの貴重な資料を入手しましてな。勇者殿はレイシャ殿と共に解読に夢中になっておられるのです。あの熱の入れようでは、しばらく引き籠る事も有り得るでしょう」

「へぇ、それはまた酔狂な。そういやあいつ、錬金術もやってたんだっけか」

「俺もポーション分けて貰った事あるぜ。なかなか良い腕してるぞ」

「ふーん。錬金術の事は良く知らないけど、祝杯も上げに来ないで熱中するなんて、よっぽど珍しい物を見つけたのね」


 アンバーの誠実な人柄と、俺の収集癖は皆の知る処である。

 三人が疑いもせずに納得する間に、俺は畳みかけるように続けた。


「実は僕、ずいぶん前から叔父さんに弟子入りしてずっと修行してたんです。だけど叔父さんはやりたい事ができちゃったし、僕ももう10歳になったから実戦を始めても良い頃だろうって話になって」


 俺がちらりとアンバーへ目線を送ると、アンバーは頷きを返して来る。


「左様。今お話しした通り、勇者殿は目を他へ向けられない有様ですからな。こうして拙僧が代理として付いている次第」

「成程な。つー事は、ヴェリスが抜けた穴にそのまま坊やが入るのかい?」

「はい。アンバーさん達はしばらく叔父さんの錬金術の為に材料集めを手伝うという事なので、それに付いて行って勉強させて貰うつもりです」


 その言葉に、スキンヘッドが頭をべしんと叩いて大袈裟に息を吐く。


「かぁ~! 最強パーティでデビューとは羨ましいねぇ。ちっとばかり過保護じゃねぇか?」

「いや、いきなりEなんざヴェリスとギルド長が実力を認めたって事だろ。そこんとこどうなんだ?」

「どうでしょうね。それなりに訓練は積んだつもりですけど」


 髭もじゃの問いかけに曖昧に返しながらも、用意した台本を語り終えた事に俺は安堵を覚えていた。


 後は周囲の耳聡みみざとい連中が勝手に噂を広めてくれるだろう。そうなればヴァイスとしての俺の身元は周知の物となる。これでお膳立ては済んだ訳だ。


 一仕事片付けて緊張感が薄れたせいか、腹の虫が鳴るのを感じた。

 途端に香ばしい油の匂いを鼻が察知し、目前の揚げ物の山へと視線が釘付けになる。


「あっと、せっかくのご馳走が冷めちゃいますね。頂きます、ミオさん! 沢山あるので、お二人もご一緒にどうですか?」


 手羽先に手を伸ばしながら、俺は愛想を振りまいた。


「おう、それならありがたく頂くぜ。ミオちゃん、いいよな?」

「ヴァイス君がそう言うなら。でもこの子の分はちゃんと残してあげてね」


 早速空いている椅子にどかどか座り込む二人組に、ミオはやれやれといった様子で頷く。


「ヒャッホウ! ゴチになるぜ坊や! ミオちゃん、酒もお替り頼むわ!」

「俺もな!」

「はいはい。それじゃゆっくりしていってね。お父さんの手が空いたら挨拶に来させるから!」


 ミオはウィンクを一つ寄越し、ひらひらと手を振りながら仕事へ戻っていった。

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