第18話 よくわかる錬金術講座 初級編
「へぇ、賢者の石ね~。そんなのあるんだ」
無限の金庫にせっせと本をしまい込む俺を尻目に、フェーレスが手近の一冊を取り上げてぱらぱらとめくっている。
「うわ、なにこれ。ホントに文字? 落書きにしか見えないんだけど」
「素人がベタベタ触るな! 錬金関連書は出版数が少ないせいで馬鹿みてぇに高いんだぞ」
錬金術があまり普及しない理由の一つとして、初期におけるコストが非常に高い点が挙げられる。
しかも大金を注ぎ込んだとして、レイシャ並に大成しなければ、それだけで食っていける保証はない。
同程度の授業料を払って、そこそこの魔術学院に通った方が、余程良い職に就ける。
そういった背景から、錬金術への世間一般の印象は「金持ちの道楽」程度なのが現状だ。
「今お前が持ってる奴はそれ程でもねぇが、こっちの図鑑なんぞ、とっくに絶版だからな。下手すりゃ家が建つ」
「マジで!? もう全部売って遊んで暮らさない?」
「借り物だ阿呆!! そもそも何の為に借りたと思ってんだ!」
俺はフェーレスから本を奪い取ると、破れていないか確認する。
見た目に目立つ痛みは無いようで、ほっと一息ついた。
今は自室で、リースに運び入れて貰った教材を整理しつつ、昨日の顛末を仲間達に語っていた所だ。
もちろんレイシャのアレな部分は伏せ、俺の異常が錬金術絡みの可能性がある事だけを伝えた。
家に着くまでには、なんとかリースにお父様呼びをしないよう言い聞かせたが、別れ際にはうっすらと別れを惜しむかのような気配が感じられた。
次に会った時にも念を押しておく必要がありそうだ。
「それにしても、錬金術ですか。神の手に依らない異端の業だとか。それならば、拙僧の祈りが届かなかった事も納得ですな」
アンバーも、魔術や神の奇跡と錬金術とが、本来交わらない領域にある事くらいは知っているようだ。腕を組んで大きく頷いている。
「私としては業腹ですわ……そんな下等な薬学如きの仕業と見抜けなかっただなんて」
対してセレネは魔術の徒らしく不満気だ。心底見下したような目で本の山を見据えている。
しかし突然、ぱんと両手を打ち鳴らして俺へ笑みを向けてきた。
「そうですわ! 私がその効能を打ち消す術を編み出して差し上げます。その為にも更なる魔力が必要になりますわ。これからは日に三度の補給を頂く事に致しましょう。早速今からでも……」
「却下だ!! さも名案のように言ってんじゃねぇ! 先に俺が干物になるわ!!」
「そーよセレネ。それじゃあたしの番が回って来ないじゃない。あ、それとも一緒に楽しんじゃう?」
「あらあら。それも一興ですわね」
「お前らはそれしか頭にねぇのか!!」
この変態共と会話してると時間が無駄に減って行く!
「ったく……大体お前ら錬金術を舐めすぎだろ。駆け出しの頃にくれてやったポーションは、誰が
俺の一言に、皆がはっとする。
「うっそ、あんたが作ったの? めちゃくちゃ効いたわよアレ」
「あのような上等な品、魔術師ギルドの既製品かと思っておりましたのに」
「いやはや、流石は勇者殿。レンジャー技能に武芸百般。更には錬金術までそれ程に修めておられるとは。拙僧、改めて感服致しましたぞ」
今でこそ全く使わなくなったが、当時は皆生傷が絶えなかったのを見かねて、俺が錬成したポーションを持たせていたのだ。
口々に言ってくるのに対し、俺は鷹揚に頷いて見せる。
「ふっ……真の天才は何でもできちまうもんだ。お前らは俺と組めた事にもっと感謝しておけ」
そう鼻を伸ばす俺に、フェーレスがじとっとした目線を送って来る。
「あとはその性格が直れば完璧なんだけどねー」
「天は時に二物も三物も与えますが、それ以上に差し引く場合も有り得るのです」
「……あ゛あ゛ん?」
俺が精一杯のドスを利かせながら睨むと、フェーレスはそっと目を逸らし、アンバーはがしゃりと鎧を震わせ、
「……が、強き者は何をしても許されるのがこの世の習い。勇者殿はあるがままで宜しいのでは」
慌ててそう付け足した。
「あんたんとこの神様も大概単純よね~。そんなだから脳筋教とか言われんのよ」
「うふふ、いっそのこと筋肉賛美教へと変えてはいかが? 私、真っ先に入信しますわよ」
性悪二人に煽られようと、アンバーは動じない。
「我等が主は寛大ですからな。本質さえ表していれば、呼び名は
「おおう。戦神パないわー。気さくすぎない?」
「それでよく教団として纏まりますわね……」
どんどん脱線して行く三人の話をBGMにしつつ、俺は荷物の整理へと戻り、黙々と作業を進めるのだった。
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