第17話 芽生え
「まずは私が背負っている荷物についてですが、総数100冊を超える書物です。分厚い図鑑等も多く含んでいる為、重量にして100㎏は下らないでしょう。現在の貴方様には荷が勝ちすぎるかと存じます。これが一つ」
「お、おう」
淀みなく流れ出す言葉に、俺は思わずたじろいだ。
しかもそんな大荷物を涼しい顔で運んでいるとは。流石人外、侮れん。
「次に、現在の貴方様の稀少価値。万が一、件の物が絡んだ案件だと漏れた場合の危険を考慮されたのではないかと」
周囲に人影は無いが、念の為か賢者の石という単語はぼかしてリースは語る。そういう気遣いはできるようだ。
「可能性の塊である現在の貴方様は、知識の有る者から見れば垂涎の的でしょう。ご主人様も、貴方様がご友人でなければ、研究の為に即刻拉致していたものと思われます」
淡々としていながら、なかなかにずばずばと言う奴だな。
しかしその推測はなかなかに的確だ。レイシャは身内の間では常識人らしく振舞ってはいるが、己の探究心の為には手段を選ばない面を持ち合わせている。
首都方面では教会の勢力が強く、疑似生命体であるホムンクルスの製造自体が、神と生命に対する冒涜だとして禁忌扱いされている。国と教会の手が届かないこの街だからこそ大手を振っていられるが、本来なら極刑ものだ。
他にも、俺達にさえ黙って非道な研究に手を染めている可能性は大いにある。
とは言え、俺達冒険者だって同じようなものだ。自分の目的の為に他人を踏み台にするのはこの街では常識である。今更付き合いを改める気はない。
「ここまでは前提です。肝要なのは、件の物の存在が仄めかされた事実。有り得ないはずの物の片鱗が示されてしまった現状、セレネ様の結界が破られるような異常事態も起こり得る。ご主人様は、そんな危惧をお持ちになったのではないでしょうか」
「ほう……」
最後まで詰まる事無く整然と見解を並べてみせたリースに、正直俺は感心してしまった。
こうして話をしてみるまで、レイシャの命令を聞くだけの人形という印象しかなかったからだ。
レイシャの教育が行き渡っている事もあるのだろうが、なかなか聡明な奴だと認識を改めざるを得ない。
俺がこの姿の時分、ここまで知恵が回る方ではなかったと記憶している。何せ冒険者になりたい一心で、幼くして故郷を飛び出した考えなしだ。
それに比べれば、神童と言っても良いくらいの冴えだろう。
「大したもんだな、その歳で……」
言いかけ、はたと気付く。
「って、お前ら一体何歳なんだ? いつの間にかレイシャの店に現れた頃には、もうその姿だった気がするが」
「私達に人間のような年齢は当てはまりませんが、製造されてからの年月と言う意味であれば、今年で2年目となります」
「はぁ!? 2歳だと?」
意外すぎる返答に、思わずリースの全身を眺め回してしまう。
どこからどう見ても、俺と似たような10歳前後の背格好だ。
「待て待て、おかしいだろうが。大体、お前らを最初に見たのはもっと前のはずだぞ?」
その頃から姿がずっと変わらないのも妙だと思った事はあるが、原理が不明な錬金術の産物だ。所詮人外だと深く考えずにいたのだ。
「それは先代の私達だったのでしょう。我々ホムンクルスは成長が早い代わりに短命です。寿命が尽きる度、次の者の素材となってご主人様に再錬成されているのです」
さも当然とばかりに、やはり表情を崩すことなく語るリース。
俺は開いた口が塞がらない。
疑似的な物とは言え、生命体のリサイクルとは。
レイシャの奴もなかなかえげつない真似をしていたものだ。禁忌指定される理由が分かった。
「今代の私達も、そろそろ寿命が来る頃だったのですが。貴方様……お父様の慈悲に
本の山を崩さぬよう、ゆっくりと丁寧に一礼するリース。
しかしその言葉の中には聞き逃せない単語が混ざり込んでいた。
「……お父様ってのは何の事だ?」
「はて。昨夜ご主人様が仰った事には、貴方様の子種から私達が創り出されたと。その旨、
銀色の瞳に見詰められ、俺の脳裏に記憶の断片が僅かに過ぎった。
「──ああああ!! そうだった!! おい、あの後俺はどうなった!! いや、何をしやがった!!」
俺はリースに詰め寄りその肩を掴んで揺さぶる。
「申し訳ございません。その件についてだけは絶対に口外せぬようにと厳命されております。ですが、ご安心下さいませ。御身には傷の一つも付けてはおりません」
「精神に付けてるだろうが!!」
「ですので、それ以上傷を広げない為にも真相は聞かない方が良い、とご主人様からの計らいでございます」
「だったらお前もお父様とか言い出すんじゃねぇよ!! 中途半端に思い出しちまったじゃねぇか!!」
激情のままにリースの身をゆっさゆっさと大きく振ると、リースがぽつりと呟いた。
「そのようにされると、危険ですよ」
その言葉が終わるかどうかという頃、リースの背負った包みの中から一際大きな辞典が零れ落ち、俺の脳天へと直撃した。
「ぐおおああああああ……!!」
もはや鈍器にも似た一撃を受け、俺は頭を抱えてその場へへたり込む。
「ですから申し上げましたのに」
地に転がった重厚な辞典をひょいと拾い上げ、再び背後にねじ込むリース。
心配の一つもしないとは薄情な……ああ、感情が無かったか……
「くそ……まあ済んじまった事はもうしょうがねぇ。レイシャにはいつか復讐してやるとしてだ」
ようやく痺れが抜けてきてから立ち上がった俺は、リースに視線を戻す。
「お前、俺をお父様って呼ぶのは金輪際やめろよ。下手すりゃそこから正体がばれる。本来はそこまで含めて口止めされてたんじゃねぇのか?」
「はい。仰る通りです。ですが何故でしょう。自分でも意図せず口をついてしまったのです」
ずっと無表情だったその顔に、ほんのり微かだが、戸惑いの色が浮かんだように見えた。
「お父様、と口にした途端、脈拍が早まるのを感じました」
リースはささやかな胸元へ手を当て、瞑目して続ける。
「このような感覚は初めてです。もしや昨日の補給行為にて不具合が生じてしまったのでしょうか」
リースは理解が及ばないようだが、俺にはなんとなく見当が付いてきた。
今まで自分達は単にレイシャの創造物であると定義していた所に、俺と言う明確に血族と呼べる存在を知ってしまったのだ。
自らを生命体であると再認識し、潜在的にあった親への思慕のような感情が芽吹いたのではないか。
レイシャにしてみれば嬉しい誤算となるだろうが、俺にとっては吉と出るか凶と出るか……
「……とにかくだ。俺はお前らを子供だとは思わねぇ。お前らも今まで通りレイシャの友人として接しろ。いいな」
「はい。お父様」
「だから!! お父様と呼ぶんじゃねぇ!」
「申し訳ありません。つい」
俺の一喝に頭を下げるリース。
「ったく言った傍から……俺の名前はヴァイスだ。言ってみろ」
俺は頭をかきながらそう促す。
「畏まりました。ヴァイス様」
「よし。次から気を付けろよ」
「はい。お父様」
「だ~か~ら~!!」
家に着くまでの間、そのやり取りを延々と続ける事になるのだった。
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