第16話 銀色の少女

「昨日のお泊り会は新鮮で楽しかったよ、ヴァイス君。ではまた、ね」

「……おう」


 レイシャの満面の笑みを受け、俺は玄関を後にした。



 どうやら昨日は、疲れから会話の途中で眠ってしまったらしい。

 そのままレイシャの家で夜を明かし、気付けば朝になっていた。


 寝惚け眼のままで風呂を借りて汗を流し、双子が用意した朝食を取り終えた頃になって、ようやく意識がはっきりとしてきたが、眠りに落ちる前後の記憶はどうにも曖昧なままだ。


 残っていた疲労感はレイシャから貰った栄養剤のお陰で薄れていたものの、なんともすっきりしない感覚が頭の隅へ残っていた。


 妙に機嫌の良いレイシャに見送られ、俺は家への帰路を歩き始める。

 右手には、銀色の双子の片割れが供についている。ポニーテールなので少女の方だ。


 無表情なままで黙々と歩く彼女の背には、山ほどの包みが背負われている。


 昨夜のレイシャとの話は、俺が錬金術を再開すると決まった所まではなんとか覚えていた。その為の宿題と称して押し付けられた教本の数々だ。


 その運搬係兼、帰り道の警護として随伴しているのだ。


「しかしレイシャの奴、心配し過ぎじゃねぇのか。ここから家まで何分もかからねぇってのに、わざわざ護衛を付けるとはな」


 今歩いているのは、街からレイシャの店を経由して、俺達の家へ向かう唯一の道だ。

 これを含むこの辺一帯は俺達の所有地であり、人家も何もなく、見渡す限りの荒野が広がっている。


 俺達が拠点に求めた条件は二つ。

 街の喧騒が届かず静かである事。

 そして、俺やセレネが周囲への被害を気にせず修行ができる広さがある事だ。


 それらを満たすこの土地を丸ごと買い上げ、縄張りとしたのだ。道から望める大地には、俺とセレネが訓練中に穿ち、引き裂いた巨大な爪痕が幾つも残っている。


 敷地内にはセレネによって人払いの結界が張ってあり、許可されている者しか出入りは出来ない。

 今の俺にとって最も安全な場所だと言える。


「──ご主人様のお考えは解かりかねます。私は受領した命令を遂行するのみです」


 半ば独り言のつもりだったが、意外にも返事が来た。


「何だ、お前普通に喋れるのか?」


 普段は形式上の挨拶くらいしか話す場面を見た事がなかったので、軽い驚きを感じて思わず問う。


「普通、と言われるのは何を指すのか不明ですが、私は、問われた事について返答する機能は備わっております。ご主人様によって、一通りの言語を教授されましたので」


 話す事は話すが、表情の変化も抑揚もなくつらつらと述べる様には人間味が感じられない。


 感情という概念を教え込むのに手を焼いていると、以前レイシャが零していたのを思い出す。


「ふぅん。なら、自分で何かを分析して語って見せる事はできるか?」


 にわかに興味が湧き出した俺は、そんな質問をぶつけてみる。


「どういった意味でしょうか」

「例えばな……それこそさっき言った、ご主人様の考えとやらだ。レイシャがお前を俺に付けた意図を、お前流に解釈して説明してみな」

「……少々お時間を頂けますでしょうか」


 歩くペースを僅かに落とし、ホムンクルスは黙り込んだ。


「あー……そう言えば、お前の名前なんつったっけ。前に聞いた気もするが、忘れちまった」

「……リースと申します」


 思わず口をついた俺の疑問で思考を中断されても、何の表情も浮かべずに律儀に返して来る。そして再び口を閉じた。


 錬金術を学ぶとなれば、レイシャの家へ行く事も多いだろう。自然とこいつらとの付き合いも増える。今度はちゃんと名前を憶えてやるとしよう。


「……お待たせしました」


 しばしの沈黙を破って、リースがこちらへ向き直る。


つたない憶測となってしまいますが、宜しいでしょうか」

「おう、構わねぇ」


 鷹揚に頷いて見せると、「それでは」と前置きして自説を披露し始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る