第15話 こいつもヤベー奴だった

 そう言えばこいつらも居たんだったな。


 会話の間、微動だにしなかったのでその存在をすっかり忘れていた。


 レイシャの目配せを受けた双子は、音もなくこちらへ歩み寄ると、左右から俺の身の各所を掴んで固定した。


「……おい、何の真似だ?」


 いぶかしむ俺へ、レイシャはくすりと一つ洩らす。


「内容を聞くと逃げるかと思って、念の為にね」

「拒否するような事を頼むつもりだってのか?」


 レイシャの言葉に胸騒ぎを感じ、背中にじわりと汗が滲み始める。


 双子の手を振り解こうとしてみるが、万力で挟まれたかのように微塵も動かない。処刑用の椅子に縛り付けられた気分だ。


 今更に思い出したが、こいつらはレイシャの召使いであると同時に護衛も兼ねている。

 いつだったか、街中でレイシャをしつこくナンパしていた男を、三階建ての家の屋根まで軽々と放り投げた場面が頭に浮かぶ。

 そもそもが人間ではない。見た目とは裏腹な怪力を備えているのだ。


「大丈夫、苦痛を伴う事はしないと約束するよ。説明をする前に、その子らの顔をよく見てあげて欲しい」


 首から上以外に動きの取りようがない。仕方なくレイシャに従い左右の双子の顔を注視する。


 今までこいつらには興味がなかったので、じっくりと観察するのはこれが初めてだ。

 こう間近でよく見てみると、どうも見覚えのある顔立ちをしている。


 しかも、ごく最近見たばかりの顔に、だ。


「──おいレイシャ!! こりゃどういう事だ!?」


 思わず叫ぶ。


 そう、髪と瞳の色こそ違えど、つい今朝方自室の姿見を通して対面した少年──つまり今の俺の姿とそっくりなのだ!


「ふふふ、ホムンクルスの製法はまだ教えていなかったね。理論は今の君には理解出来ないだろうから、結論だけを言おう。この子らは、君の遺伝子──つまり精子だね。それを元にして創り出したんだよ。言わば君の子供も同然さ」

「なんだと!? いつの間に!!」

「君が懇意にしていた娘達の中に知人がいてね。少しばかり協力をして貰ったんだ。君は毎度律儀に避妊具を着けてくれるから、採集は容易だったそうだよ」


 くそ、どいつだ! 心当たりが多すぎてわからん!

 しかも俺の信条がこんな形で裏目に出るとは……!


「別に認知しろと言う話ではないから安心して欲しい。この子らはこれからも、私が責任を持って面倒を見るさ」


 レイシャは立ち上がると、ゆっくりとテーブルを迂回してこちらへと歩を進める。


「ただ、この子らはそのままでは短命でね。そろそろ燃料を補充しないといけないんだ。協力してくれるかい?」

「燃料……?」

「言わずもがな、君の子種を直接注いであげて欲しい」

「はぁ!?」


 口調こそ普段通りの落ち着きを保っているが、その目には有無を言わせぬ意思が宿っている。あるいは狂気にも似た色が。


「ここまで育てるのは本当に苦労したんだ。何度も実験をしては廃棄を繰り返してね……私の錬金術が上達したのはそのお陰でもある。ん、いや……前提から違うかな。この子らを……君の子供を創り出す為に錬金術を始めたと言っても良い」


 淫靡いんびさをも漂わせながら顔をほころばせ、滔々とうとうと語る。


「君の遺伝子から産み出した子らを私が育み、更には君との交わりで命を繋ぐ……ああ、こんなにも輝かしい生命の営みが他にあるだろうか。究極の親子の愛だと思わないかい?」

「それはもう近親相姦だろうが!」


 畜生、最悪だ! 身内で最後の砦と思っていたこいつまで色々こじらせてやがった!


 性交は嫌いではないが、自分と同じ顔をした少年少女が相手など冗談じゃない!


「精子だけならくれてやるから、それでなんとかならねぇのか! 大体、片方は男だろうが! 俺の性癖は至ってノーマルなんだよ!」

「せっかく直に親子の触れ合いができる機会だよ。普通に物だけ頂いても味気ないじゃないか。何、性別の壁何て些細な物さ」

「些細じゃねぇよ、ふざけんな! なんでこう俺の周りの奴らはネジが外れてやがるんだ!!」


 俺の魂からの叫びも、今のレイシャには正しく届いていないらしい。


「さっきも言った通り、私自身は君と肉体関係を持つつもりは無いんだ。今までなら第三者を介して入手するだけで満足だった。ただ、ね……」


 レイシャが俺を横目に通り過ぎて行く。無遠慮な視線が全身を這うのを感じる。


「初恋の人が、その当時の姿で現れた衝撃……君に解かるかい? こうしてなんとか言葉を紡いではいるけれど、私は今、自制するので手一杯なんだ。焦がれに焦がれた君の顔が、こうして三つも並んだ様を見ているだけで、これまで散々抑えてきた想いが溢れ出しそうで……」


 そう吐き出しながらレイシャは俺の視界から消えた。


 背後から、がさごそと物音が響く。戸棚でも漁っているような。

 それが止むと、再びレイシャの気配が動き、俺の真後ろで立ち止まった。


「そこでだ。暴走しそうな私の代わりに、この子ら自身で採集をして貰う事にした。その様を見ながら自分を慰めれば、この昂ぶりは解消できるかも知れない。この子らにとっても良い性教育になるし、なかなか良い落とし所だろう?」

「良くはねぇだろ!! それこそ娼館にでも行かせろ!!」


 どういう発想の飛躍なのか。理路整然と狂ってやがる!


「おかしな事を言うね。私が育て上げた、大事な大事な君の子供達だよ? 赤の他人に任せられるものか。私が望むのは君達の睦み合いだ。それ以外は意味が無い」


 駄目だこいつ、どうにもならねぇ……!


 後ろから伸ばされたレイシャの指先が、俺の首筋にひやりとした感触をもたらした。


 振り向こうとした俺の頭を、双子ががっちりと挟み込む。


「少し動かないで」


 動こうにも動けないのだが。


 そんな不満を声に出す前に、首の後ろへチクリとした僅かな痛みが貫いた。

 次いで、冷気を伴った感触が肌の下へ潜り込む。


「おい、何打ちやがった!」


 注射を打たれたのだと理解し叫ぶ。


「何度も言うけど、大丈夫。危害を加える気はないんだ。ただ、同意が得られないなら、眠って貰っていた方がお互いに良いだろうと思ってね」


 俺の視界に戻って来たレイシャの手には、銀色に光る注射器が握られていた。


「私特製の睡眠薬だ。副作用は絶対に無い。安心してゆっくりお休み、ヴァイス君」

「てめ……おぼえ……ろ……」


 すぐさま呂律が回らなくなり、視界が暗転を始める。


 狂気が滲み出したかのように、レイシャの微笑みがどろりと溶け、周囲の背景と混ざり合いながら激しい渦を巻き起こす。

 俺の意識は混濁しながら、その渦へと呑み込まれていった。

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