第14話 追憶
「色々と思い出してきたぜ……昔、お前のお勉強会に無理矢理付き合わされてたっけな」
レイシャの言葉で記憶の蓋が開き、懐かしい光景が次々と溢れ出してきた。
彼女が錬金術を学び始めた頃の映像だ。
新しく知識を身に着ける度に、復習と自慢を兼ねて、俺を相手に稚拙な講義を繰り返していたのだった。
その授業内容には、確かにその名が幾度も挙がっていた。
万能霊薬。
エリクシール。
賢者の石。
様々に称されるそれは、多くの錬金術師が追い求めて止まない最終目標である。
錬金術そのものが、究極的にはこの物質を創り出す為の学問なのだ。
曰く、どんな難病でもたちまちにして癒す。
老いた身体を若返らせ、不老不死と成す。
真なる黄金を生み出す。
──等々、あまねく人の夢を実現せしめる、全能にして至高の物質だと定義されている。
しかしその名は伝説上にしか存在せず、世界中の錬金術師が日夜研究に明け暮れているが、未だかつて製法を確立出来た者はいないと聞いていた。
「……絵空事だと思っていたんだがな」
「錬金術師としては異端だけれど、私もどちらかと言えば否定派だった……その姿を見るまでは、ね」
レイシャが位置を直した眼鏡越しに、俺の身体を見詰めている。
「本当に賢者の石の試薬だったかどうかは、その遺跡を調査しなければまだ何とも言えない。しかし現実として、君は若返りを体現してしまった。頭ごなしに否定する事は、もう出来ないよ」
皮肉にも、今の俺こそが賢者の石実在の可能性そのものなのだ。
錬金術絡みだったのならば、魔術による検査で判明しなかったのも納得出来る。
魔術の一分野としての魔道具作成では、魔術師自らの魔力を対象に注ぎ込む事で効果付与を行う。
対して錬金術は魔力に頼らず、素材の効能を引き出し、様々に組み合わせる事で道具を生み出している。
結果的には似たような物を作っている為に混同されがちだが、本来魔術と錬金術は全くの別物なのだ。
「しかし盲点だったぜ……まさかリッチが錬金術に熱中してるなんざ、普通思い付くか?」
錬金術から作られる道具は、魔術で代用出来てしまう物も多い。その為、錬金術は魔術より劣る学問として見られる傾向にある。
リッチに成れる程の魔術師が、わざわざ錬金術を修めるメリットは薄い……そんな先入観があった為に、錬金術が原因だなどと思いもしなかったのだ。
「確かにね。リッチと成った時点で老いも病も無い身体なのだし、金も不要だろう」
俺の疑問にレイシャが頷いて見せる。
「他に思い付く物と言えば、真に不滅を目指していた、そんな所かな?」
「ふん。それでプライドの為にくたばったんじゃ世話ねぇがな……まあ、そんな事はもうどうでもいい」
そう吐き捨てると、俺はレイシャに顔を向け直した。
「ここに来たのは大正解だったぜ。口止めだけが目的だったが、思わぬヒントが手に入った」
「それは良かった。そうそう、ついでにもう一つ助言をしようか?」
レイシャが妙に嬉し気にしながら尋ねて来る。
「おう、聞こうか」
「この際だから、もう一度錬金術を始めてみるというのはどうだい?」
「……は?」
思わぬ言葉に、一瞬遅れて間抜けな声が漏れた。
「面子が揃い次第、再探索に行くんだろう? 手がかりを得るにも、錬金術への理解を深めておく事は有用だと思うよ」
咄嗟には意図を汲み取れなかった俺へ、レイシャは噛み砕くように説明を続ける。
「本当は私が直接
レイシャの提案を受け、俺は腕を組んでしばしの思考に耽った。
……確かに妙案である。
俺が錬金術に触れていたのはもう十数年も前になる。既に習った内容はほとんど忘れている。
実際、リッチの工房で実験器具の数々を見ても、錬金術関係の物とは及びも付かなかったのだ。
探索時に予備知識が有るのと無いのでは大違いだろう。
パーティの連中は俺よりも更に錬金術に疎い。
多少は下地のある俺が学び直すのが最も手っ取り早いと言える。
それに、今の俺は戦闘では役立たずになった身だ。知識の面を強化してパーティに貢献すると言うのは最善だと思えた。
「そうだな……引き籠る理由としても使えるな。しばらく時間もある事だし、またお前の下手くそな授業を受けるのも悪くねぇか」
「言ってくれるじゃないか。あの頃の私と一緒にして貰っては困るよ。厳しく行くからそのつもりでね?」
「望む所だ。すぐに追い付いてやるよ」
俺がにやりとして見せると、レイシャは目を細めて笑みを浮かべた。
「期待しているよ。実を言えば、君は私よりも才があると踏んでいたんだ。何しろ、私からの伝聞だけで
両手の指を組み合わせ、レイシャはにこにことしている。まるで出来の良い生徒を見るかのように。
「今回の件、君には悪いけど、私は年甲斐もなくわくわくしているんだ。君が元に戻る手段を探る事は、即ち伝説の薬の製法を知る道筋でも有り得る。錬金術師として、これ程冥利に尽きる事は無い。私達でそれを成し得たのなら、どんなに素晴らしい事だろう」
夢見る少女のような表情を浮かべて、珍しく熱弁を振るうレイシャ。
その様を見て俺の胸に微かな疼きが灯ったが、それはすぐさま別の感情で塗り潰されていった。
「……言われてみれば、確かにとんでもないお宝だな。コレクターとしちゃあ、入手しない訳にはいかねぇ」
古今東西、誰も創り出せた事の無い秘薬。これ以上に無い珍品である。
「利害も一致している事だし、今後君には最大限の助力を約束しよう。その代わりと言っては何だけど、私のお願いも一つ聞いてくれないかな?」
決意を新たにしていた俺へ、レイシャがそう聞いて来る。
「ああ、今は気分が良い。出来る範囲なら構わんぜ」
「ありがとう。むしろ君にしか頼めない事なんだ」
そう返礼しながらレイシャは眼鏡を光らせ、壁際へと目をやった。
そこには、銀の双子が彫像の如く佇んでいた。
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