第13話 幼馴染

「やれやれ。君のその姿をもう一度見る事が出来るなんて、夢にも思わなかったよ」


 窓際に立って俺の話を聞いていた女が、そう苦笑いしながら眼鏡を指で押し上げた。

 俺と故郷を同じくする、錬金術師のレイシャだ。


 郊外にある俺達の家から街へ向かう道中に、ぽつりと一軒家が建っており、そこで女店主として薬屋を営んでいる。


 彼女は俺の昔の姿を特に良く知る一人である。

 事情を知らぬままに俺をヴェリスだと見抜かれる前に、この身に起こった異変を説明し、口止めをする為に訪れたのだ。


「君が店に入って来た時は心臓が止まりそうになった。いつの間に、こんな大きな隠し子を作ったのかとね」

「そんな訳ねぇだろ。俺は遊びでしか女は抱かんし、避妊は万全だ。ガキなんぞ出来たら、冒険者にとっちゃ枷でしかない」

「ふっ、そう言うだろうと思った。安心したよ、どうやら中身は本物のようだ」


 レイシャは軽く歯を見せて笑みを浮かべると、テーブルを挟んだ正面の席へ腰を降ろした。


 パリっとした白いYシャツと黒いタイトスカートの上に白衣を肩掛けに羽織り、眼鏡越しに落ち着いた知性を宿す視線を寄越して来る。その様は薬屋と言うよりも医者のようだ。


 既に三十路も半ばに差し掛かっているはずだが、その姿は未だに若々しく、20代の頃と何ら変わりがない。

 特製の美容液とやらの効果で肌艶を保っており、巷では年齢詐欺師とも呼ばれている。


 冒険者を目指して旅立つ俺に便乗する形でアドベースに来た彼女は、この地で錬金術の才を開花させ、今や街一番の薬屋として名を馳せていた。


「いや、本当に懐かしいね。希望に満ち溢れた、昔日の思い出が蘇って来るようだよ」


 言いながらテーブルに片肘を付いて顎を乗せ、頬を緩めるレイシャ。


 ここは、店の裏手にあるレイシャの生活スペースの一室だ。俺との密談の為、既に店は閉じている。


 女の部屋とは思えない程に殺風景で、必要最低限の家具しか置かれていない。

 主の几帳面さを表わすように、いつ来ても綺麗に整えられている。


「良い機会だから白状してしまうけれど、当時の私は、君と離れたくない一心でここまでついて来たんだよ?」

「……おい、何さり気なく爆弾投下してくれてんだ。今はそれどころじゃねぇってのに」

「ふふ、だからこそさ。普段の君であれば一笑に付されていたろうからね」


 レイシャはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「いや、お前なら大歓迎だったよ。言えばいつでも相手してやったのに」

「……気軽に言ってくれるね」


 俺の言葉に苦笑しつつレイシャは続ける。


「君は昔も今も、ずっと冒険に首ったけだ。恋仲になれない事は百も承知さ。肉体関係を持ったとしても、その他大勢の女性達と同列になってしまう。それくらいならば、無二の親友として在りたかった。こんな私にも、譲れない意地があったと言う訳だよ」


 普段から男のような口調で、何事もさばさばと振る舞うレイシャからは一切異性を感じた事がない。

 俺としてはずっと男友達、あるいは兄弟のように思って接してきた。


 しかし、親しい仲と言えども腹の内はわからない物だ。

 恋愛感情などおくびにも出した事の無い彼女が、まさかそんな想いを抱えていたとは。


 俺は掛ける言葉が見付からず、レイシャも目線を下げて黙ってしまった。


 気まずい静寂が支配した部屋に、不意に救世主が訪れる。


「──失礼致します」


 開け放たれたドアの奥から、湯気の立つカップを乗せた銀盆を手にする人物が二人現れたのだ。


 今の俺と似たような背丈の少年と少女である。


 双方銀髪に銀色の瞳を持ち、白蝋のように真っ白な肌をしている。整った顔立ちも双子の如くそっくりだ。

 少年は短髪、少女は長髪を高く結い上げている。髪型の差異が無ければ全く見分けが付かない。

 揃いの黒い執事服を纏い、人形のように虚ろな表情を浮かべたままテーブルへと歩み寄る。


 少女が俺の横へ辿り着くと、軽く一礼をしてから目の前にコーヒーの入ったカップを置いた。

 立ち昇る湯気が、挽きたての豆の香ばしさを鼻孔へと届ける。


「相変わらず良い豆使ってるな」

「君が好きだろうと思って、わざわざ取り寄せているんだ。感謝してくれて良いよ」


 気を取り直したように、冗談めかして言って見せるレイシャの前にも、少年によってカップが置かれる。


 役目を終えた二人は、壁際へと並んで立つと途端に気配を消した。


 こいつらは見た目こそ人の形をしているが、人間ではない。

 ホムンクルスと言う、レイシャの錬金術によって産み出された人造生命体だ。


 我が子とも言うべき二人へ慈しむような視線を投げてから、レイシャは肩で切り揃えた黒髪を揺らし、カップを持ち上げ傾け始める。


 それに倣い、俺もカップを手に取り芳醇な香りを放つ黒い液体をすすった。


 ……美味い。


 じんわりとした熱が胃の腑を満たし、火が灯るように全身へと広がり行く。

 身体の芯がほどけて行くような感覚に、今更に自分が疲労を抱えていたことを理解する。


 昼間のギルドでのやり取りでは、やはりそれなりに緊張をしていたのだ。

 処罰は受けないだろうとの確信は有ったが、もしも後継者がいたならば、SSランクの名を汚したとして問答無用で首が飛んでいたかも知れない。


 しばしの休息を取り、落ち着きを取り戻した俺は、途中だった説明を再開した。


「……とまあ、ちと話が逸れたが、大体そういう訳だ」

「成程、災難だったね。経緯は把握した。改めて、宜しく頼むよ、ヴァイス君?」


 くすくすと漏らしながら、俺の姿を嘗め回すように見やるレイシャ。


 語り終える頃には、二人ともすっかり肩の力は抜け、いつもの調子でやり合えるようになっていた。コーヒーブレイク様様だ。


「お前も頼むぜ。くれぐれも俺がヴェリスだとバラさないようにな」

「安心して。私は口が堅い方だよ。それに、今まで君に迷惑をかけた事があったかい?」

「……苦労なら散々させられたがな」


 レイシャの研究の為に、様々な希少素材の採集を依頼されてきたのだ。それらは俺にとっても良い修行であったし、金にもなったので、お互い様ではあるのだが。


「ああ、そうか。君がその有様だと、採集依頼が出せなくなってしまうのか。これは困ったね」


 レイシャはカップを置くと腕を組んだ。


 こいつが要求する素材は、龍の爪やらロック鳥の卵など、どれもこれもSランク以上の採集難度を誇る物ばかりだ。確実に持ち帰れるのは俺達くらいのものである。


「どうやら私も協力しなければならないようだ。先の話によると、魔術や呪いの観点からは所見がなかったという事だったね?」

「そうだ。うちの二人でも分からん状態異常なんざ、他に心当たりがあるか?」


 俺の問いに、レイシャは姿勢はそのままにしばし瞑目する。


「……ないこともない、かな」

「本当か!?」


 思わず俺はテーブルを乗り越えん勢いでレイシャに顔を寄せた。


「落ち着いて。確証がある訳ではないんだ。ただね、錬金術と言う視点からならば、僅かばかりの可能性はあるという話さ」


 レイシャは片目を開いて俺を見詰める。


「君も一時期とは言え錬金術をたしなんでいた身だ。覚えは無いかい? 万能霊薬──賢者の石の名を」


「賢者の……石……」


 その単語を聞き、俺は記憶の深い部分が揺り起こされて行くのを感じた。

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