第12話 方針
「さて、ひとまずの格好は付いた訳だがね。お前さんはこれからどうするつもりだい?」
葉巻の先端をこちらへ向けてくるくると回しながら、改めてグレイラは尋ねて来た。
「どうと言っても、うちの術師達でもお手上げだしな。ババアは若返りの話なんか聞いた事あるか?」
逆に聞き返すと、グレイラは顎に手をやりしばし考え込む。
「ふぅむ……私も長く冒険はしてきたが、そんな話は全く聞き覚えが無いねぇ」
「ちっ、無駄に歳だけ取りがやってうぉあっ!?」
俺の舌打ちから間を置かずに、ガラスの灰皿が頭上を掠めて行く。咄嗟に屈んでいなければ顔面直撃コースだっただろう。
がしり、と背後にいたアンバーが受け止める音が聞こえた。
「ああ、アンバーありがとうよ。お陰で灰皿一つ無駄にせずに済んだわい」
「惜しいならそもそも投げるんじゃねぇ!!」
「いやいや、無駄に歳を取ると手元が
意趣返しのつもりか。
俺の冷や汗などどこ吹く風で、にたにたとしながら咥えた葉巻を揺らすグレイラ。
「ったく、幾つになっても落ち着かねぇババアだ」
立ち上がりながら零すと、先を続ける。
「他に当てがねぇからな。まずはあの遺跡を再探索する。その為に俺の名前を出してあそこを封印指定しとけ」
「独占しようってのかい?」
「ああ。手がかりがあるかも知れねぇ場所を荒らされるのは御免だ。そもそも並の奴らじゃ入るだけで死ぬし、セレネの
「そりゃそうだね。分かった。近寄らせないよう通達しとくよ」
「──あーそうそう。その遺跡なんだけどさ~」
封印の話がまとまった直後、フェーレスが再び起き上がり、呑気な声を寄越した。
「あんたが寝てる間に、セレネと一緒に様子見に行ってきたのよ」
「だからそういう大事な話は先に言えっつってんだろ……それで、どうだった?」
「いやーそれがさ。あんたが倒れて慌てて戻ったから、セレネがリッチのいた部屋に刻印残すの忘れちゃってね。結局入り口から入り直す羽目になったんだけど」
転移の術は便利だが万能ではない。一度訪れて魔力で印を付けた場所にしか跳ぶ事が出来ないのだ。
「開けたらまたあの化け物達湧いててさ。出て来た奴らだけ退治して、すぐ入り口封印して帰って来たのよ。あの数はやっぱあんたじゃないと全滅させるの無理だわ」
手を左右に振りつつ、フェーレスは尚も言い募る。
「あたしは基本タイマン専門だからね。無視して突破するだけなら出来るけど、掃除しないと落ち着いて探索できないじゃん? かと言ってセレネじゃ……」
そこまで言うとセレネに視線を送る。
「ええ。私では手加減できそうにありませんので……遺跡ごと吹き飛ばすのならともかく……」
「ああ、そうだった……この火力馬鹿め」
セレネの言を受け、俺はこめかみを指で押さえた。
セレネは純粋な魔術師ではなく、魔族としての能力で魔術もどきを扱っている。
補助や状態異常系統は満遍なく模倣できているのだが、その極端な性格故か、攻撃系に関しては基礎的な単体向けの魔術を飛び越えて、大規模破壊に特化して習熟してしまったのだ。
詠唱も無しにこの街など一瞬で焼き払う程の火力を操るが、遺跡のような狭い空間ではろくな攻撃が出来ず、普段はサポートに徹している。
眠りや麻痺等で行動を縛る事は容易だろう。しかしそういった系統の魔術は単純な攻撃魔術より制御が複雑で、消耗が激しい。止めを刺しに行く間も無く次の敵が現れるのでは、流石のセレネも魔力が足りまい。
腕力こそあれど、リッチと同様格闘戦に特別秀でている訳ではない。あの大群を捌ききるのは難しいだろう。
「恐らく拙僧が行っても同じですな。倒すより湧く速度の方が早いでしょう。囲まれたところで、あの程度の者達の攻撃で傷を受ける事はありませんが。レンジャー技能の無い拙僧が単身で突っ込んだとて、満足な探索は出来はしませんからな」
アンバーも申し訳なさそうに続く。
こいつの場合は神官の癖に並の戦士より戦闘力がある時点で異常なだけだ。本来はサポーターなのだから責める筋は無い。
とは言え3人で行っても、こいつらは俺なしじゃ連携しないからな……俺が同行するにしろ、護衛しながらでは余計に手間が増えるだけだ。
そもそもは俺が率先して道を切り開き、3人が後を詰めるのが俺達のスタイルである。俺が抜ければ前衛を担当できる者がいないのだ。
リッチが滅んだ後も異形が湧いていると言う事は、遺跡のどこかに召喚装置でもあるのかも知れない。しかしそれを確かめる為には探索をしなければならず、探索のためにはまず異形を掃除しなければならない。とんだ袋小路である。
「ちぃ……それなら戦士を一人雇うしかねぇか」
俺は組んだ肘を指で叩きながら、グレイラへ顔を向ける。
「ババア。今手が空いてる中で、俺の半分程度でも良いから使えそうな奴はいるか?」
「無理言うもんじゃないよ。お前さんは中身は最悪だが、戦士としちゃ過去にも類を見ない程だ。既に人の域じゃあない。その四分の一だって探すのは苦労するさ」
葉巻を灰皿に押し付けながら、グレイラが吐き捨てる。
「だがまあ、ギルドとしてもお前さんには元に戻って貰わないと困った事になる。今回だけは協力を惜しまないさ。他の地域のギルドにも声かけてやろうじゃないか。時間はかかるだろうから、その間街の皆に顔見せでもしておくんだね」
「ああ、宜しくな。たまには頼りになるじゃねぇか、ババア」
「いつもいつも一言多いんだよ! とっとと
灰皿やペンが乱れ飛ぶ中、俺達は部屋を脱出した。
「──それでは、一度帰りますの?」
執務室のドアを閉めた後、セレネが俺に確認を取る。
「ああ、そうだな。戻ったら、今日はもう皆自由にして良いぜ。俺は出かける事にする」
「えー、じゃあお姉さんも連れてってよ」
フェーレスが腕に巻き付いて来るが、俺は顔を横に振った。
「古い馴染みと口裏合わせるだけだ。連れ立って行く程の事じゃねぇよ」
「成程、あそこですな。それならば供回りは必要ないでしょう」
「ちぇー。今度はマジでデートくらいしてよねー」
「わかったわかった。どうせ代打の前衛が見付かるまでは暇だしな。考えといてやる」
「よっし! なら許す!」
俺の言葉に、機嫌良くフェーレスが絡めた腕を離す。
「では、帰還致しますわよ」
セレネの術式が発動すると、俺達の姿はギルドの通路からたちまちに消え失せた。
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