第二章 幼馴染もヤベー奴だった

第11話 報告

「──あっはっはっはっは!! お前さんがヴェリス? こりゃ傑作だ! あ~っはっはっはっは!!」


 冒険者ギルド本部の最上階。ギルド長の執務室に、部屋の主の甲高い笑い声が響き渡る。


 訪れた俺を訝しみながら報告を聞くうちに、突如噴き出したのだ。


「笑い過ぎだババア!! 大体この頃の俺の姿は知ってるはずだろうが! 耄碌もうろくしやがったか!」

「ああ、そうだったそうだった。随分と昔に、こんな人形じみた小奇麗な奴を見た覚えがあるね。まさかあの小僧がSSまで登り詰めるとは思わなかったし、咄嗟に結び付かなかったねぇ」


 俺の一喝に対して未だに含み笑いを洩らしつつ、涙目になって弁解してくるババア──もといギルド長。


 名はグレイラ。60歳を超えても尚溌剌はつらつとした、元SSランク冒険者だ。

 10年程前に俺がSSに昇格すると同時に引退し、ギルド長に就任した。


 見た目は普通の老婆だが、筋力に頼らない格闘術の達人で、今でもその辺のSランクの連中では束になっても敵わない妖怪だ。


「ふっ、くくくく……いやいや笑った笑った」


 仰け反って大笑いしたせいで崩れた白髪を編み直しながら、椅子へと姿勢を正して座るグレイラ。


 そして俺をじろりと睨みつけると。途端に組織の長としての威厳が溢れ出した。


「しかし笑い事じゃないね。SSランクのヴェリスともあろう者がなんてざまだい。油断からの完全な自業自得じゃないか」

「ああ、今回は俺も舐め過ぎだった。反省してるさ。それでどうする? 降格か? 追放か?」


 俺は始めこそ謙虚に話していたが、段々と口の端が吊り上がっていくのを自覚する。


「はっ! それができりゃ苦労はないさね。お前さん、分かって言ってるだろう? 全く、可愛くなったのは見た目だけで、中身は意地の悪いままだね!」


 グレイラは鼻息荒く引き出しから葉巻を取り出すと火を付けた。


「お前さんの名はこのまま使わせて貰う。後釜が育ってない以上、この街の治安の為にはまだ必要だ」


 盛大に紫煙を吐き出しながら、葉巻をこちらに突き付ける。


「まあそうだろ。名前だけで悪党どもを抑えられる奴なんざ俺以外にいねぇしな」

「ふん、憎たらしいったらないねぇ。なんでこんな奴がSSになっちまったんだか。私があと10年若けりゃぶん投げてたとこだよ」

「へぇ、10年で足りるのか? とっくにババアの全盛期は超えたぞ?」


 思わず口をついて出た俺の挑発に、グレイラは大きく溜め息を付いた。


「ナマ言うんじゃないよ。今じゃ見る影もないじゃないか。そんな調子だから天罰が下ったのさ」


 そうだった。今やひ弱なガキの身体になっていたのだ。


 俺の全身を再び深い喪失感が襲う。


「ふぅ……そうかもな。しばらくは慎重に動くつもりだ」

「そうしな。一応の建前がありゃ、表向きは皆納得した振りはするだろう。だが、もたもたするんじゃないよ。あまり長く姿を見せないと、調子に乗る馬鹿が出て来るはずだ」


 グレイラの言葉に、俺は神妙に頷いて見せた。


 今の会話の内容を説明するには、少し長くなるがこの街の成り立ちから話す必要がある。


 この地は国の最北端、通称「遺跡地方」と呼ばれる地域だ。


 三方を文字通り天まで届く山脈に囲まれた、世界の果てとも言われる僻地である。


 古代の魔導国家の遺跡が数多く埋もれており、どこを掘っても遺跡が出るとまで言われる程だ。

 それらを目的に多くの冒険者が集まり、探索の足掛かりとして建てられたのがこの街、アドベースの始まりなのだ。


 国の領内ではあるが、首都から遥か遠方な上、北の山脈のお陰で他国への防備が不要であり、駐屯する兵がいない。

 それを良い事に、冒険者に紛れて犯罪者も多く流れ込んでいる。


 地形上、陸の孤島となっている為、国はこれ幸いとしてこの地への入口を辺境伯の領地で封鎖し、流刑地代わりとしてしまった。


 逃げ込む分には素通りできるが、出る際には関所で入念な身分照会が必要となり、犯罪者は出る事が叶わない。


 そうして行き場を失くした者が取れる選択肢は大きく分けて三つ。


 一つは、無様に逃げ回る事。

 一つは、自首するか大人しく捕まり監獄へ入る事。

 そして最後の一つは、アドベースの冒険者ギルドに属する事だ。


 犯罪者がこの街の冒険者ギルドに登録する事は、労役に就くのと同義である。

 それなりの自由はあるが、ギルドの仕事をこなさなければ生活は出来ない。

 仕事を達成した際の報酬から何割かを上納させ、各々の刑期ごとに定められた額を納入すれば、晴れて娑婆しゃばに出る事が出来るという仕組みだ。


 低ランクで留まっているような者は、やる気のない屑との烙印を押され、いつまでも街を出る事は出来ない。

 それならばと、さっさと自首して監獄暮らしを選ぶ者も多い。


 要するに冒険で稼げる奴にとっては天国、仕事の出来ない奴には地獄、と言う単純明快な場所だ。


 セレネが元賞金首である事は前述したが、フェーレスとアンバーも同じくSランク手配犯だった。それを俺が捕まえて監督下に置き、冒険者として1から叩き直してやったのだ。

 その成果もあって、皆とっくに上納金を払い終えて自由を得ている。


 そしてここからが本題だが、国はこの地の封鎖だけを担当し、統治はギルドに丸投げしている。つまりここでは国の法が適用されない……と言うより、馬鹿正直に守る者がいない。

 そこでギルドは、この荒くれ者どもで溢れる混沌とした街の治安を維持する為に、独自に鉄の掟を敷いている。


 詳しくは割愛するが、その内にギルドの掟に背く者は極刑に処す、という項目がある。


 大っぴらにギルドの顔に泥を塗った馬鹿には、一度目は警告をする。しかし二度目は無い。容赦なく討伐対象となり、周囲の冒険者全てが敵に回るのだ。


 しかし粛清対象が刺客を返り討ちにしてしまう場合もある。

 そんな時こそ俺の出番な訳だ。

 幾人もの腕自慢を血祭りに上げてきた俺の名は、SSランク冒険者の肩書と共に、必殺の処刑人としても恐れられ、この街でギルドに正面切って喧嘩を売る馬鹿はいなくなった。


 グレイラが危惧しているのは、俺の名によって保たれている均衡が、俺が姿を消す事で崩れ、表面上は大人しくしていた連中が暴れ出す事だった。


「……そうさね。とりあえず何か適当な理由付けて、引き籠った事にしちまいな。あとはお前さん、その姿で街をうろちょろするつもりなら、その素性もでっち上げておかないとねぇ」


 葉巻を咥えながら俺をじろじろと見回すグレイラ。


「お前さんは良い意味でも悪い意味でも目立ち過ぎだ。間違いなく詮索する輩が出て来る」

「──そうよねー。あたしならこんな可愛い子絶対ほっとかないし」


 ソファにだらしなく寝転んでいたフェーレスが不意に会話に参加してきた。


「ほぉう? お前さん、こんなのがタイプだったのかい?」


 グレイラが目を丸くしている。俺同様、まさかショタコンだったなど思いもしなかったのだろう。


「まぁねー。お陰様でちょっとテンション上がっちゃっててさ~。今すぐデートに連れ回したい気分なんだけど、まだ話終わんないの?」

「終わってもデートなんざしてる余裕はねぇよ! もう少し待ってろ!」


 俺の怒鳴り声に肩を竦め、フェーレスは再びソファに身を投げ出した。


「引き籠る理由は少し後でも良いとして、差し当たっては今の俺の身元か……」


 腕を組んで考えを巡らせる俺に、アンバーが軽く手を上げた。


「何だ?」

「妙に捻らずに、親族という事で宜しいのでは? 例えば、勇者殿の甥っ子だとか」


 俺が発言を促すと、アンバーはそんな意見を出してきた。


「甥か……俺の故郷を知ってる奴は限られてるし、その線は使えるな。よし、妹の子って事にするか。冒険者見習いとして、遥々俺を訪ねて来たってとこでどうだ?」


 周囲をの顔ぶれに向けて俺は問う。


「まあ、そんなもんで良いわいな。実際お前さんと言う前例がある。その年恰好で冒険者を名乗っても、SSランク冒険者ヴェリスの親族って話ならおかしくはなかろうよ」


 軽く頷き、紫煙を燻らせるグレイラ。


「ヴェリスと入れ替わりで現れたタイミングの良さから、邪推する奴はおるかも知れんが。無闇に接触しようって阿呆はそうそういないさ」

「ですわね。自ら蜂の巣をつつくようなものですし」


 グレイラの言葉に、フェーレスの正面に行儀良く座したセレネが同意を示した。


 俺の身内に手を出せば、俺とギルドを同時に敵に回す事になる。この街でその意味を知らない奴はいない。


「意見を採用頂き恐悦至極」


 アンバーは胸に手をやり一礼している。一々大袈裟な奴だ。


「名は、そうだな……ヴェリスをもじってヴァイスにするか。しっかり覚えろよお前ら。今から俺はヴェリスの甥、ヴァイスだ」


 皆の顔を見回しながら、俺は高らかにそう宣言した。


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