第10話 前後不覚

 抜け出せない泥の中で、延々と藻掻き続ける夢を見ていたような気がする。


 目が覚めても、その内容を引きずっているかのように全身が重く、怠い。


 瞼を上げる事にも一苦労しながらようやく視界が開けると、眼前にフェーレスのにやにやとした笑顔があった。


「……おはよーございま~す……」


 息がかかるような至近距離で囁くと、俺の頬を一撫でしてくる。


「いや~可愛い寝顔でしたな~。お姉さん大満足。その分サービスしといてあげたから」


 何の事かと目線を胴の方へと向けてみると、俺の身体に一糸纏わぬ姿のフェーレスが覆い被さるように添い寝していた。

 そして、密着した肌の感触から自分も裸なのだと気付く。


「──てめぇヤリやがったな! 寝込みを襲うとかどれだけ飢えてんだよ!」


 押し退けようと伸ばした手をひらりと躱し、フェーレスはベッドから身を起こした。


「心外ね~。明け方セレネがあんたの部屋から出てきたから、様子を見に来て介抱してあげたってのにさ」


 そうか。俺が気を失った後、部屋に連れ込んで朝までお楽しみしやがったのか、あのド淫乱は。


「……なんで裸なんだ?」

「それはねー、コレ使って全身丁寧にマッサージしてあげたから。服なんか邪魔でしょ?」


 そう言って顎でベッド脇のテーブルを指すフェーレス。


 そこには凝った細工が成された桃色のガラス瓶が置かれていた。


 健全なマッサージ店でもボディオイルは使われるが、部屋に漂う甘く独特な香りは、高級娼館で用いられる精力剤入りのオイルに違いない。用途は言うまでもないだろう。


「どう? もう効果出てると思うけど」


 服を着ながら尋ねて来る。


 そう言えば、フェーレスがどいた途端に身体が軽く感じられた。夢見が悪かったのは奴のせいか。


 上半身を起こし、肩を回したり肘を曲げ伸ばしたりしてみる。


「確かに、セレネに搾精されたにしては少し怠いくらいで済んでるな」

「でしょ? 結構高いのよーソレ。お礼言われても良いくらいよね」

「……いや待て。明け方にセレネが出て来るのを見たと言ったな。そんな時間になんで俺の部屋に来た?」


 俺の疑問に、フェーレスは舌打ちしながら目を逸らした。


「目的は一緒じゃねぇか! この性犯罪者どもが!」

「何よー。あたしじゃご不満だっての? 生意気ー」

「そういう問題じゃねぇ! 俺は攻められるのは嫌いなんだよ! せめて同意を取ってからにしろ!」

「まぁまぁ、安心してよ。セレネに絞り取られてて、勃つもん勃たなかったからヤってないってば」

「勃てばヤってたんだろうが!」

「え、そりゃヤるでしょ。大体さー、セレネだけ前払いとかずるくない? あたしだって元に戻るの協力してあげるんだし、何か役得あってもいいじゃん」


 開き直りやがった。


 しかし、そう言われると弱い。セレネは魔力供給の必要に迫られての行為だったとは言え、フェーレスにも何かしら報酬は与えるべきか。


 こいつの探索技能と情報収集力は、俺が元に戻る方法を探る上で不可欠だ。ここで機嫌を損ねて抜けられても困る。


「……今回はお前もマッサージしながらそれなりに楽しんだだろ? 余裕ができたら改めて礼はする。それで良いか」

「ぃよしっ!! 絶対だからね! キャンセル不可よ」


 力強いガッツポーズを決めるフェーレス。その顔にはかつてない程のやる気がみなぎっている。


「フンフフ~ン、嘘だったら針千本めった刺し~」


 嫌な歌を口ずさみ、小躍りしながらドアへと向かうフェーレス。

 ドアを開き様、何か思い出したようにこちらを振り向く。


「あーそうそう。あんたが起きたら顔を出せってギルド長から伝言があったわ」

「それは昨日言うべき事だろうが!」


 俺の放った枕は閉じられたドアにぶつかって落ちた。


「いやーごたごたしててすっかり忘れてたわー。そろそろお昼だからあんたも着替えて早くおいで~」


 ドア越しに呑気な声を寄越すと、気配が遠ざかって行く。


「ちっ、ギルドへの説明もなかなか頭がいてぇな……」


 どう報告したものか整理しながら、ふと、まだ自分が裸な事を思い出す。


 そう言えば昨日はずっとぶかぶかな部屋着のまま過ごしていた。

 家の中では良いとしても、出かけるにはいかにも不味い。


「小さいサイズは取ってあったっけな……」


 独りちながら、部屋の片隅に鎮座した大きな木箱へと足を向ける。


 見た目にはただの木箱に見えるが、通称「無限の金庫」と言われる魔道具だ。俺の全財産がこの中に納まっている。


 どういう理屈だかは知らないが、登録した本人にしか開けられず、焼けず壊れず、無限に近い容量を誇り、劣化もせずに保存出来ると言う理想の金庫だ。


 貴重な品には違いないが、かつて巨大な魔導国家があったとされるこの地方の遺跡では、割と見かけるお宝である。Sランク以上であれば所有していてもおかしくはない。


 出土品なのになぜ新規に登録が出来るのか?

 それは研究者によると、恐らく生体認証を行っており、所持者の生命反応が消えれば登録が解除される仕組みになっているのでは、との事だった。


 俺が箱の蓋へ触れると、ガチリと重い鍵が外れる音が響き、自動で蓋が口を開く。


 箱の中には暗闇が広がっており、そこへ手を突っ込むと、頭の中に目録が浮かんでくるという具合だ。


 俺は目を瞑り、目当ての物を検索する。


「……よし、あった。流石俺、コレクターの鑑」


 自分の収集癖を褒めつつ取り出したのは、茶色の包みだ。


 革製の包みを解くと、それはそのままマントになる。そして中身はと言えば、入手したものの、サイズが合わずに死蔵していた子供用の装備一式だ。


 軽く頑丈なミスリル銀糸を織り込んだシャツとズボン、そして肌着。

 正体不明だが、硬くしなやかな革を加工したベルトとブーツ、収納スペースが豊富なベスト。

 その上に先程のフード付きのマントを羽織れば、一端いっぱしの冒険者もどきの完成だ。


 どれもこれも一級の魔力が込められており、作者は子供に対してとんでもなく過保護だったのだろうと想像できる。


「後は武器だが……ギルドに行くだけなら、とりあえずこいつで良いか」


 もう一度金庫を探り、幾何学模様が目を引く鞘に入った短剣を手に取る。


「ま、こんなもんか。なかなか似合うぜ、小僧」


 腰のベルトに鞘を括りつけると、姿見の中で笑う少年に向けて手を振って見せ、俺は部屋を後にした。











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