第9話 夜襲
「ご馳走さん。旨かったぜ」
粥の盛られた器を空にした俺は、傍にいたアンバーへ声をかけた。
「それは重畳です。何を置いても食欲は大事ですからな」
鎧の上から白いエプロンを着けたシュールな姿のアンバーが、朗らかに言いながら器を取り、流し台へと運んで行く。
アンバーはごつい鎧姿とは裏腹に、料理が大の得意なのだ。
それどころか、この家の家事全般は奴が一手に仕切っている。
炊き出しや清掃等の奉仕作業に従事する事の多い神官にとっては、それらは基本スキルなのだと言う。
俺はともかく他の二名がいわゆる片付けができない女で、アンバーが定期的に手を入れなければ、あっと言う間にゴミ屋敷が出来上がっていただろう。
冒険から生活面まで、万事を支える縁の下の力持ちと言う訳だ。
「……今回は特に世話になるな。暇ができたら鎧の手入れでも手伝ってやるよ」
「とんでもない! 勇者殿にお仕えするは拙僧にとっての喜びです。好きでやっているのですから、お気遣いなく。……それでも手伝って頂けるのなら、その時はお頼み申します」
以前なら軽く流す言葉だが、昼間の告白を聞いた後だと、何か含みがあるように聞こえる。
鎧の中で身悶えしているように見えるのは気のせいだろうか。
深く考える事は放棄し、鼻歌混じりに洗い物を始めたアンバーへ軽く手を振ると、俺は自室へ戻る事にした。
昼間に風呂で散々玩具にされた後、まだ回復し切っていなかった俺は再び眠りに落ち、今は遅めの夕食を取った所だった。
二日の間ろくに食事をしていなかった俺の為に、アンバーが消化に良い粥を作ってくれたのだ。
根菜を細かく刻んで入れ、優しい味付けをされた粥は、五臓六腑にじんわりと染み渡って行った。
空腹が満たされると、昼間あれだけ寝たというのに、再び凄まじい睡魔に襲われる。
元々大きな家だが、体が縮んだせいか余計に広く見える。
見慣れた天井は高く、部屋までの距離がいつもより長く感じられた。
「──ヴェリス様」
廊下の途中に、不意にセレネが立ち塞がるように姿を現わす。
「どうした。今はお前らのせいで猛烈に疲れてるんだが」
軽い用事なら明日にして貰いたいと思うも、セレネの表情には切迫した色が浮かんでいた。
「……足りませんの」
視線を合わせず、妙にもじもじと身をくねらせてセレネが呟く。
「何だと?」
「……ですから、魔力が! 足りてませんの!」
聞き返すと、セレネは頬を朱に染めながら叫んだ。
その姿が一瞬ぼやけると、輪郭を大きく変えて行く。
艶やかな黒い髪の間から、羊のように捻れた白い角が、左右に二本覗く。
黒いローブがしゅるしゅると巻き取られるように収束していき、フェーレスもかくやと言った有様──豊かな双丘と細い腰回りのみをぴたりと覆う、過激な衣装へと転じた。
晒された白い背中から、
同時に、先端がハートマークになった黒く細長い尻尾が伸び、太腿を覆うように巻き付いていった。
「ああ、それがあったな……」
悩みの種が増えた事を悟り、俺は思わず額に手をやった。
見た通り、セレネは人間ではない。
サキュバスと言う、れっきとした魔族である。
普段は幻影を纏って正体を隠しているのだ。
完全に偽装を解いた今、瞳の色すら変わり、桃色に淡く輝く眼光で俺を射抜いていた。
「こっちは病み上がりだぞ。今日は我慢できねぇのか?」
「もう三日も補充してませんのよ? 食事からでも多少の供給は見込めますが、貴方達人間で言えば、オードブルだけを食べているような状態ですもの。メインディッシュを頂かなければ、万全の調子とは行きませんの」
それは確かに大変ではある。野菜だけ摂って肉を食べていないのでは、力が出るはずもない。
奴が言うメインディッシュとは、要するに生命力だ。
サキュバスとは淫魔や夢魔とも呼ばれる、人間の精気を吸って己の魔力を増大させる種族なのだ。
かつてセレネは、己を魔界から召喚した主たる魔術師を逆に魅了すると、その精気を吸い尽くして自由を得た。
束縛を逃れたセレネは国中の筋肉自慢の男達を襲い始め、次々と廃人になるまで搾精していくという大事件を引き起こした。
被害人数が4桁ともなれば、国も放ってはおけない。自軍の兵士も被害に遭っていたのだ。
当初Aランク案件として討伐依頼が出されたものの、立ち向かった幾人もが性的な意味で返り討ちに遭い、逆にセレネの力を増すだけの結果に終わった。
そして最終的にSランク案件となって俺が出張る事になり、捕縛した際に一目惚れされて今に至る。
パーティに入ってからのセレネは俺以外の男を見向きもしなくなり、以来俺の精気を吸い続けた結果、今やその魔力は魔神にも匹敵するまでに膨れ上がっていた。
リッチの高い魔術耐性をいとも容易く破って見せたのはそのせいだ。
元賞金首がのうのうとSSランク冒険者を名乗っていられる点についてはいずれ語るとして、今は目の前の発情したセレネが問題だ。
「こんな姿になっちまったし、別に俺じゃなくても良いんじゃないか? 娼館にでも行って来れば後腐れなく済むだろ」
「酷いですわ! 私はもう貴方でしか満足できない身体になってしまったと言いますのに! 大体、ここの娼館の男娼達は皆、妙になよなよしていますし、全くタイプではありせんもの」
それはそうだ。
この街では女性客向けの男娼を扱う店も多いが、それらへ訪れる客はほとんどが女冒険者だ。
仕事柄、普段周りはいかつい男達ばかりである。線の細い優男風の男娼が求められる傾向にあるのは納得だろう。
「だがお前は良いのか? 今の俺には理想の筋肉とやらは無いし、精気も大してあるとは思えんが」
「心配御無用ですわ。実の所、対象の精気の
成程。闇雲に何発もやるより、じっくりと濃密な交わりの後に果てた時の快感は確かに
量より質という事なのだろう。
「それに、この私の記憶力にかかれば……」
そこまで言うと、セレネは素早く俺の腕と胴へと尻尾を巻き付けて拘束すると、自分の方へと引き寄せた。
「うおい! 急に何しやがる!」
「うふふふ……先に謝罪しておきますわ。もう本当に辛抱堪りませんの」
妖艶な笑みを浮かべたセレネは目を閉じ、抱き締めた俺の首筋へと顔を近付けて来る。
くらりとするような淫蕩な香りがその髪から立ち昇り、鼻孔を溶かしていく。
セレネの尻尾は細くやわに見えるが、実際はその一振りでも岩を砕く程の力を秘めている。
とてもではないが、今の腕力で拘束を解く事は叶わない。
身動きの取れない俺の肌へ軽く口付けがされ、舌がゆっくりと這う感触がぬめりと襲った。
たったそれだけでも、甘く痺れるような感覚がじわりと広がって行く。
「ふふふ……思った通りですわ……! 貴方の匂いと味は変わらず……これだけで、在りし日の黄金の肉体が瞼に浮かんできますわぁ……!」
セレネは一度僅かに首を反らすと、その美貌をだらしなく
こいつ、ここまで極まっていたとは……!
「ああ、もう分かった! 相手はしてやるから、とにかく放せ! お前の力は今の身体には強すぎる! もっと優しく扱え!」
観念してそう叫ぶ俺だが、セレネは小首を傾げて数秒こちらを見詰め、やがて告げる。
「……ですから、先程謝罪致しましたでしょう? 手加減ができそうにない、と言う意味ですわ」
抱き締められたまま廊下の壁へと押しやられ、俺は完全に逃げ場を失った。
「さぁ、諦めて力を抜いて下さいませ。ああ、攻めるのは久しぶりですが、こんなにも高揚するものでしたでしょうか……!」
恍惚の表情を浮かべ、正面からセレネの顔が迫る。
その様が酷くゆっくりと感じられる俺の脳裏に、走馬灯のように思考が瞬時に
サキュバスとの交わりは、吸精されるリスクと引き換えに、多大な快楽がもたらされる。
元の身体は、無尽のスタミナと多くの経験があったからこそセレネの相手が務まっていた。
だがしかし。俺の初体験は確か12歳頃だったはずだ。その時の相手も随分と年上の冒険者だったか。今考えれば最初からショタコンに狙われてるではないか。いや、そんな事は今は良い。この身体が10歳だと仮定するならば未だ童貞のはず。つまり経験値は0と言う訳だ。そんな状態でセレネから与えられる快感に耐えられるのか?
そこまで思い至り、
「おい、ちょっと待……!!」
咄嗟に声を発するも、既に時遅く。セレネの唇が声ごと俺の口を塞いでいた。
粘膜が触れ合ったその瞬間。
脳髄から背筋、そして四肢の隅々へと、電流の如く未知の感覚が疾走して行った。
いや、知識としては記憶に刻まれている。
しかし身体、神経はリセットされているのだ。
初めて与えられる強烈な悦楽に、焼き切れそうな程の衝撃を受けていた。
俺は身体をびくりと大きく震わせると、股間に熱を感じながら呆気なく意識を手放した。
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