第8話 満場一致
セレネの形の良い唇が、震えながら言葉を紡ぎ始める。
「……ああ、ヴェリス様……あの逞しく美しい肉体が無いのなら、ここに私がいる理由は……」
「アンバーじゃダメなの? ヴェリスよりぶっとい腕してるじゃない」
フェーレスが鎧姿を指して問う。
「……分かってませんわね……アンバーさんの筋肉は堅すぎるのです。理想の筋肉とは、力強さと柔軟さを兼ね揃えていなければなりませんの。黄金比と言うものですわ。そう、まさにヴェリス様のように!」
セレネは急に立ち上がり、両腕を俺へ向けて勢い良く広げるも、
「ように……
一転尻すぼみになり、再び床へ屈みこんでしまった。
かなり情緒不安定になっているようだ。
「絶望とは……このような味なのですね……」
「あんたさー、ヴェリスに会うまでさんざん探してきたんでしょ? 理想のマッチョを」
離脱に傾いていくセレネへ、フェーレスが待ったをかける。
「また、あても無く探し回る訳? ヴェリス程の奴なんて、そうそう見つからないと思うけど」
「……それは……」
セレネが再び顔を床に向けると、フェーレスは突然こちらに向き直った。
「そう言えばヴェリス。さっき触った時思ったんだけど、見た目の割に良い身体してるよね?」
「あ? ああ。俺の親父は狩人でな。もっとガキの頃から山に連れて行かれてしごかれてきたからな。言ってなかったか」
「初耳~。へぇ、英才教育って奴? 道理でレンジャーの真似事も出来る訳だわ」
フェーレスがセレネへ聞かせるように、わざとらしく声を張る。
成程、そういう手で行くつもりか。ここは奴に任せよう。
「俺は俺で、最初から冒険者になるつもりで、狩りとは別に鍛錬積んでたしな。10歳過ぎ、この身体くらいの頃にはもうEランクで登録してたぜ」
「10歳! それは最年少記録ではありませんかな?」
フェーレスの調子に合わせる俺の言葉に、アンバーが感嘆の声を上げる。
Eランクと言えば、ゴブリンやコボルド等の下位の魔物討伐が昇級試験になっている。
その頃の俺は弓をメインの得物にしていたので、単体なら苦も無く倒せる相手だった。
「ああ、そうらしい。まぁ、仕事は薬草とかの採集や配達程度の雑用がほとんどだったけどな。それでもその辺のガキよりは身体は出来てたはずだ」
言いながら、感覚を確かめるように袖をまくり、力こぶを作ってみる。
元の身体に比べればずっとささやかだが、しなやかに締まった筋肉が付いているのが見て取れた。
10歳児としては逞しい方だとは断言できる。
俺達の会話に、セレネが耳をそばだてている。
長い前髪が乱れて顔が隠れているが、隙間からちらちらと視線を送ってきていた。
「どれどれ~? おおー、けっこうカチカチじゃん」
力を込めた俺の腕を、フェーレスが無遠慮にまさぐる。
「て言うか、肌があたしよりつるつるしててむかつくんだけど」
「つねるな! 褒めるかキレるかどっちかにしろよ……」
そのやり取りを見たセレネが、シュババッ、と言う擬音が相応しい程の勢いでこちらへ這い寄って来た。
その様はまるでホラーだ。
血走った目で俺を見据えながら、おずおずと手を伸ばして来る。
「──わ、私にも触らせて頂けまして?」
「あ、ああ。良いぜ」
俺が若干引き気味に腕を差し出すと、セレネはじっくりと撫で回して吟味を始める。
「……あら……あらあら……」
触っている内に、徐々に鬼気迫る雰囲気が和らいでいく。
「これはこれで……なかなか……」
「あんたの言う、
フェーレスが追い風のように言の葉を飛ばす。
「アンバーも言ってたけど、育てばアレに戻るんだろうから、ちょっと我慢してりゃ良いのよ。上手くすれば、すぐ元に戻る方法が見付かるかも知れないんだしね」
それを聞いたセレネが、霧が晴れたように陶然とした笑みを浮かべた。
「ああ……私とした事が、なんという短慮を起こす所だったのでしょう。ええ、ええ、確かにその通り。いるかも分からない他の殿方を探すより、自分で育ててしまえば良いのですわ」
すっかり普段の調子を取り戻したセレネが、フェーレスへと手を差し出した。
「フェーレスさん、お礼を申し上げますわ。正直ただの痴女だと思っていましたけれど、考えを改める事にしますわね」
「あんた喧嘩売ってんの?」
顔を僅かに引きつらせながらも、フェーレスは握手に応じる。
「そんじゃ、セレネも残るって事で」
「この流れなら、お前も残ってくれるんだな?」
握手を終えた所へ確認をする。
「当然っしょ。何のためにこの変態引き留めたと思ってんの」
「変態はお前もだ」
「聞こえなーい」
フェーレスはおどけるように耳を軽く塞いで見せた。
「……しかし、なんだ。ありがとよ、お前ら」
俺は畏まって頭を軽く下げる。
「あらあら。ヴェリス様がまともにお礼を言うなんて、珍しい事もあったものですこと」
「傍若無人が服着て歩いてるようなもんなのにねー」
「お二人とも、真面目な空気が台無しですぞ。確かに珍事ではありますが」
それぞれの反応を見てから、俺は続けた。
「こんな
一人ずつ目を合わせながら、真摯な言葉を告げる。今の俺の本音だった。
何とか見限られずに済んだが、もしそうなっていたらと思うとぞっとする。
「……しかし意外だったな。こんな事になれば、真っ先にフェーレスが抜けるかと思ったんだが」
少し安心した拍子に思わず零すと、フェーレスはにんまりと笑って見せた。
「言ったでしょ? 今のあんたの姿は超絶好みだって。逃がす訳ないじゃん」
ああ……そういう……
「大体、今更他のパーティに入ったって今以上には稼げないでしょ。SSはうちらしかいないんだし。3人で組んだとして、あんた抜きでこの面子が纏まると思う?」
「……無理だな」
「無理ですな」
「ですわねー」
俺に続き、それぞれが即答した。
「ま、そういう事。良くも悪くも、あんた中心でこのパーティは回ってたって訳」
フェーレスは苦笑しつつ、俺の肩を叩きながら続ける。
「まあ、あたしとしてはあんたが元に戻ろうが戻るまいがどっちでも良いんだけどね? 元に戻れば今まで通りの冒険が出来るし、ダメならあたしが囲ってあげるからさー」
「お前に養われる程落ちぶれてねぇよ。俺の方が貯金はよっぽど上だろうが!」
「まぁまぁ。それよりあんた、身体は拭いてあげたとは言え、二日も風呂入ってないからちょっと臭いよ?」
そう言いながら俺の両肩をがしりと掴む。
「お姉さんが一緒に入ってあげよっかー」
「余計なお世話だ! 一人で入らせろ!」
「いいからいいから、遠慮するなよー」
顔は笑ったままで、凄まじい腕力で引っ張って来るフェーレス。
俺は全力で抵抗するが、じりじりと床を引きずられていく。
「ほらほら、二人も手伝いなって。パーティ再結成祝いって事で、皆で入ろうよ」
「まあ、それは良い考えですわ。私が隅々まで未来ある筋肉を磨いて差し上げます」
「せ、拙僧もご一緒して宜しいので?」
「あー……目を瞑ってればよし! ほらそっち持って! セレネはローション用意しといてー」
「畏まりですわー」
「お前らこういう時だけ団結するんじゃねぇぇぇぇ!!」
3人がかりで運ばれていく俺の絶叫が、家中に響き渡って行った。
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