第7話 会議

「まずは確認だけど、どう考えても原因はアレよね?」


 フェーレスが口火を切る。


 アレとは、リッチが散り際にぶち撒けてきた液体の事だろう。


 あの時の俺は、動きやすさ重視で平服に鎖帷子のみという軽装だったが、それが裏目と出たようだ。


「それしか無いな……あの骸骨野郎、妙に潔いと思えばとんでもねぇ嫌がらせしやがって……アンバーがさっき言ってたが、俺は二日も寝てたのか?」

「はい。あの後連れ戻ってからずっと高熱が続いておりましてな。もちろん解毒や解呪等、セレネ殿と共に一通りの治療は施したのですが、成果は出ず……」


 セレネに目をやると、視線が定まらない様子でぼそぼそと喋り出す。


「……ええ。既存のどの状態異常にも該当しない、未知の症状ですわ。少なくとも魔術や呪いによるものではありません」


 最後に大きく息を吐き、膝に顔をうずめてしまった。


 実質的にこの国で最高の術師である二人でも手に負えないとなると、かなり厄介な状況である。


 そもそも俺は、大抵の状態異常を防ぐイヤリングを身に着けていた。

 その耐性を無視する位の強力な効果となると、どれ程のものか見当も付かない。


 あのリッチは戦闘力はそれなりだったが、魔道具作成においてはまさしくSSランクだったのだろう。


 今更ながらに倒してしまった事を悔やむが、アンバーに浄化までさせた以上、どうする事もできない。


 その件はひとまず脇に置いて、俺は横にある姿見を改めて見直した。


 ぶかぶかの部屋着を纏った少年の姿がそこにはあった。


 記憶の中では、10歳を少し超えた程度の姿に思える。喉仏もまだ目立たず、声変わりする前の頃だ。


 となると、20年以上も若返ってしまった事になる。


 窓から入る春の陽射しを浴びて、鮮やかに輝くさらさらとした赤い髪。


 ルビーのように深い紅を湛える瞳。


 軽く日焼けはしているが、瑞々しく滑らかな肌。


 幼いながらも凛々しさを感じさせる、ともすれば少女にも見える均整の取れた容貌。


 ……我ながら襲われても仕方がない程の美少年ぶりである。


「そんでさー。あんた、今の自分の立場理解してる?」


 思わず鏡の中の自分に見惚れそうになる俺に、フェーレスが冷ややかな問いを投げ掛けてきた。


 その声に、俺は現実に引き戻される。


 昨今では些細な理由からパーティを追放される案件が多いと聞く。


 うちのパーティに限ってはそんな事は無いとたかくくっていたが、まさか俺自身がその憂き目に遭うとは……


「……そうだよな。俺から武力を取ったら、莫大な財産と、溢れるカリスマと、この美貌しか残らねぇ……」

「自虐風に自慢すんな。そういうとこだぞ。今ので本物だと確信したわ」


 フェーレスが溜め息を付きながら続ける。


「まぁね。他のパーティならあっさり追放とかしてそうだけどさ。一応聞くけど、あんた、諦めてその姿で生きて行くつもり?」


 その言葉に、俺ははっとする。


 今までの活動で、一生かけても使い切れない程の財は成している。


 しかし俺は金の為ではなく、冒険そのものと珍品収集を目的としているのだ。


 まだ隠居するつもりなど微塵も無かった。


「……んな訳ねぇだろ。絶対元に戻る方法を見付けてやるさ」


 精一杯の強がりを込めて、不敵に笑って見せる。


「おお、それでこそ勇者殿! なれば拙僧は当然お力添え致しますぞ!」


 アンバーがガチャガチャと小手を打ち鳴らして拍手をした。


「良いのかアンバー。今の俺は勇者とは程遠い、顔が良いだけのガキだぞ?」

「とんでもない。勇者と成る未来は約束されているのです。その道行きを見守れるのならば、至上の喜び。これに勝る物は有り得ませぬ」


 おお……こいつの忠誠心がここまでのものだったとは……


「……助かるぜ。宜しく頼む」


 感謝の言葉を返した後、俺の脳裏に一点の疑問が沸く。


 フェーレスが重度のショタコンを今まで隠していたのだ。まさかこいつも……


「この際だから確認しておくが……お前もショタコンだったりだったりしねぇよな?」


 俺の問いに、しばしの静寂が訪れる。


「おおい!! 即否定しろや!!」

「ああ、いやいや。どう説明したかと迷いまして。もちろん勇者殿の事は元々お慕いしておりますが、今のお姿もありかなーと思ったりしましたもので」

「お前もかあああああ!!」


 俺は頭を抱えて叫ぶ。


 唯一まともだと思ってた奴まで変態だったとは!


「ああ、勘違いしないで頂きたいのですが。拙僧はそのご活躍を間近で見られるだけで十分に眼福なのです。我が身は既に神に捧げた物。決して淫らな行為に手を染める事など無いと、我が神へ誓いましょうぞ!」


 そうは言うが、どこまで信用したものか。


 アンバーの怪力で迫られたら、以前ならいざ知らず、今では絶対に逃げ出せないと断言が出来る。


「あっはははは!! 見てるだけでイケるとか、アンバーってば上級者すぎ! 愛されてるねぇ、ヴェリス君!」

「い、いえいえ、拙僧のこの感情は愛などという次元ではなく……そう、信奉! 信奉です! 我等戦の神の信徒にとって、勇者の供回りは信仰の要! 決してやましい事ではありませんぞ!」


 フェーレスに煽られ、普段冷静なアンバーが、妙に早口でまくし立てる。

 その態度はやましいと自白しているようなものだ。


「くくく、あーはいはい。アンバーは残留決定って事ね」


 涙目になりながら笑いを抑えると、フェーレスは一転、セレネに視線を移した。


「んで、セレネ。あんたはどうすんの?」


 声を掛けられ、うつむいていたセレネの肩がぴくりと反応を示す。


「……私……私は……」


 俺の筋肉が失われた事に、俺以上の衝撃を受けている様子のセレネは、うわ言のように呟く。


 俺達3人の視線が集まる中、言葉を選ぶようにゆっくりとその先を口にしようとしていた。

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