第4話 好敵手

 同じ種族の魔物でも、ランクの差と言う物がある。


 長じた者エルダーとは、一つの種族を指す単語ではない。

 それぞれの種族で、長い年月の果てに強大な力を得た個体をそう呼ぶのだ。


 強くなれば、その分自分より強い相手と戦う機会は減ってしまう。

 数年来、俺の闘争本能を刺激してくれる獲物はいなかった。


 それが、こんな意外な場所でSSランクに相当する奴と出会えるとは!


「おら、遊ぼうぜ骸骨野郎! 不死の王らしいとこ見せてみろ!」


 叫びながら突っ込む俺を見据え、リッチは己のがらんどうな腹へと右手を差し入れた。

 すると、その手首から先が一瞬見えなくなる。


 ガギン!!


 目の前に青白い火花が盛大に飛び散った。


 俺が振るった大剣は、リッチの右手に握られた大きな鎌で受け止められていた。


「腹が武器庫になってるのか? ははっ! 良いぞ、良いぜ!」


 リッチは魔術の行使が無くとも、その身体能力だけでも脅威と成り得る。

 それが長じた者となれば、この通り。俺の威嚇程度の攻撃は軽く防げると言う訳だ。


「俺の一撃で折れないとは、その鎌も上等な魔力持ってそうじゃねぇか! きっと他にも良い物持ってんだろ? お前を解体して、全部コレクションに加えてやるよ!」


 数回切り結ぶと、俺の勢いに押されたリッチは大きく後方へと飛び退すさった。


「調子に乗るなよ、猿風情が……!!」


 リッチが低く唸ると、大鎌の刃から黒く燃え盛る炎が揺らめきながら噴き出した。


 その鎌が振るわれる直前に、俺を含めた全員がさっと床に伏せる。


 豪とした烈風にも似た黒炎が、頭上すれすれの空間を焼き焦がしていく。


 今のはアンバーの張った保護膜でも受け切れなかっただろう。周囲に散乱したガラクタが、かすっただけで炭と化していた。


「良いねぇ、ますます欲しくなったぜ」


 舌舐めずりをする俺へと、再び渦巻く業火が吹き付けて来る。


 俺は立ち上がりながら、床をこすりつつ大剣を斜めに振り上げて迎え撃った。


 斬光一閃──


 俺の放った剣風は、軌跡上の物全てを平等に斬り散らした。


 付近のガラクタを舞い上げ破砕し、襲い来る黒炎を火の粉も残さず吹き消していく。


 更には勢い余って、前方に立ち並ぶ列柱の何本かを半ばから抉り飛ばしていた。


「おっと、ちとやりすぎたか」

「ちょっとヴェリス! あんたのマジは洒落にならないんだから気を付けなさいよ!」


 柱の陰にいたフェーレスが、がらがらと崩落する瓦礫を避けながら文句を飛ばして来る。


「加減したつもりだったんだがな。久々に興奮して、ちょいと力んじまった」


 俺はにやりとしてみせると、リッチへと視線を戻す。


 ぎりぎりで斬撃を躱していたのだろう。

 暴風に飛ばされまいと、大鎌の石突を床に突き刺してうずくまっていた。  


「よしよし、安心したぜ。今ので終わっちまったらつまらねぇ。お前らは少し離れてな。サシでやる」


 俺の言葉に3人は素直に距離を取る。


 やる気を出した俺の間合いに居るのが、危険かつ邪魔でしかないと理解しているからだ。


 セレネが離れ際にこちらを一瞥すると、魔術の灯りの範囲が大きく広がった。

 それは部屋のほぼ全てを照らし出し、視界が完全に拓けて行く。


 これで暗闇においての不利は無くなった。粋な計らいをしてくれるものだ。


「有り得ぬ……何故我が膝を付いているのだ……」


 リッチが呟きながら大鎌を支えにして立ち上がる。


 それを待ってから、俺は声をかけた。


「同じ手は効かねぇぞ。さぁ、次の手品を見せてみろよ」


 挑発しながら、口角が更に歪むのを自覚する。


 こう狭い空間では存分にとは行かないが、久しぶりに有り余る力を発散できそうな相手と出会えたのだ。一撃で終わらせては勿体ない。


「その生意気な口を今すぐ封じてくれる……!!」


 がつん、と大鎌を床に打ち付けると、両腕を大きく広げるリッチ。


 刹那、腹の空洞から無数の槍が飛び出して来たではないか。


 黒光りする数多の槍が、リッチを中心として逃げ場も無い程にばら撒かれる。


 狙いも何もなく、部屋中の床から天井までを次々と穿って行く。

 壁際の水槽が幾つも音を立てて割れるのが、視界の隅に映った。


「分裂する武器か! 良いねぇ、好きだぜそういうのも」


 仲間達は咄嗟に柱の陰に身を隠したが、俺はその場に留まった。


 高速で飛来する槍の内の一本を左手で掴み取り、そのまま片手で風車のように振り回して、降りかかる槍の雨を全て叩き落して見せる。


「いつまでもそれが続くものか! このまま串刺しにしてやろう!」


 リッチが叫ぶと、でたらめに乱射していた槍を俺の立つ場所へと収束させていく。


 更に密度を増した槍の波濤が俺の前面に重圧をかけ、眩い火花を散らす。

 たちまちにして、周囲に槍衾が築かれた。


 だが。


「この程度で足止めのつもりか?」


 俺は歪んだ笑みを崩さぬまま、手にした槍の回転を上げた。金属音がより激しく鳴り響く。


「そらよ、借りものを返すぜ!」


 頃合いを見て、その槍を横振りにぶん投げてやった。


 あまりの回転の速さから円盤のようになった槍は、リッチが生み出す槍を全て吹き飛ばしながら突き進む。


「な……!?」


 リッチがそれを視認した時にはもう遅い。

 次の瞬間、その身体は腰骨を砕かれ上下に別たれていた。


 ばきり、と乾いた音が遅れて響き、リッチの下半身が後方に跳ね飛んで行く。


 右手から離れた大鎌も同様に床へと落ち、がらがらと音を立てながら転がった。


 上半身はと言えば、勢いのままに中空へ巻き上げられ、天井付近まで至ってから急に動きをぴたりと止めた。


 どうやら浮遊能力も備えているらしい。


「──何なのだ貴様は! 化け物めが!」


 その場から罵声を浴びせて来るが、本物の化け物に言われていれば世話はない。


 俺は聞き流すと周囲を見やった。


 このわずかな間に、あれだけあった槍の残骸が綺麗さっぱり消え去っていた。


 持ち主の集中が途切れれば無に還る仕組みなのだろう。


「今のは対軍用だな。まあまあだったが強度が足りねぇ」

「これがまあまあだと? ならば、とっておきを見せてやろうではないか! 対価は貴様の命だ!!」


 俺の言葉に激昂し、リッチが空いた右手で腹部に手を突っ込むのが見えた。


「おう、愉しみだ。だが、つまらなきゃお前が死ぬ事になるぜ……ああ、もう死んでるんだっけな! ははははは!!」


 俺の嘲笑に呼応するように、リッチの右手が虚空から引き抜かれる。


 ずるり、と黒い何かが腹部から溢れ出して来た。

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