第2話 蠢く者達
侵入者を知らせる為か、闇の奥から形容し難い不快な叫び声が盛んに沸き上がる。
遺跡の中に、一体どれだけの数が蠢いているのか。
雑魚ではある。
が、数秒もしない内に新手が来るこの量は、なかなかに鬱陶しい。
出会い頭に斬り捨てる作業を、かれこれ1時間は繰り返しているのだ。
体力的には全く問題は無いものの、段々と草刈りでもしている気分になってきた。
セレネが言っていたように、Sランクパーティでも手に負えなかったという案件が、この国唯一のSSランクパーティである俺達に回ってきたのだ。
ランクと言うのは、簡単に言えば冒険者ギルドにおいての階級だ。下はFから、上はSSまで。
つまり俺達のパーティが、この国で最高の冒険者集団という事になる。
国家の危機を救う程の偉業をこなさなければ、SSとは認定されない。
俺達はそのSSランクの依頼を、幾度もこなしている。
それこそ世界を破滅させようとする魔神や、生きた災害とも呼ばれる巨大な古竜の襲来、近隣から侵攻する亜人種の大軍勢等、この国を襲う災厄を幾度も打ち払ってきた。
それらに比べれば、今回の件は少々スケールが小さいと思わないでもない。
ただ、中途半端な腕前の連中では手に負えないだろう事が、現地に来て分かってきた。
一体一体はBランク相当の強さである。それ自体はオーガやトロルと言った大型亜人種程度だ。
知性も感じられず、ただ突撃して来るだけで対処は楽だが、数が尋常ではない。
俺のように複数を一撃で倒していかなければ、あっという間に囲まれて終わりだろう。
Sランクのパーティが複数で当たればなんとかなりそうではある。
だが、冒険者というのは協調性が無い奴らが多い。
そして頭数が増えれば分け前は減る。
割に合わないと誰も手を出さなかった結果、俺達が指名されたのだ。
「──ストップ。何かいる」
気を抜いていたフェーレスが、一転真面目な声を発した。
当然俺も把握している。
今までの異形とは「違う何か」の存在が、闇の奥に感じられた。
「ゴール前の門番ってとこか。どんな面してるか楽しみじゃねぇか」
その付近には異形の姿が見えなかった。そいつの縄張りという事なのだろう。
セレネの灯りが照らす範囲に、見上げる程の巨大な姿が浮かび上がって来る。
黒光りする滑らかな表面を持った人型。
鉱物で作られた魔力で動く人形……ゴーレムの一種か。
その後ろは行き止まりになっており、仁王立ちになった股の間から扉が覗いていた。
「アダマンタイトのゴーレムか? 贅沢な使い方しやがる」
アダマンタイトとは、黒鉄鋼とも呼ばれる最高硬度を誇る金属だ。
素人でも見分けが付く特徴的な黒銀の色を持ち、その頑丈さと希少性により高値で取引されている。
かく言う俺が今着ている
「よっしゃー! ヴェリス、綺麗に壊しなさいよ? あれだけの量売っぱらえば、しばらく遊んで暮らせるっしょ!」
既に観戦を決め込んだフェーレスが、離れた場所から声援、もとい要望を送って来る。その瞳は金貨のように輝いていた。
「お前、今回マジで何もしてねぇな」
俺は苦笑しつつもゴーレムの前へと進み出る。
まあ、火力の乏しいレンジャーに、こいつ相手の仕事が有る訳でもない。
捕捉距離に入ったのか、ゴーレムがゆっくりと動き始めた。
「セレネ。解析は?」
「……ふふ、作者はなかなか律儀な方のようでしてよ。お決まりの場所ですわ」
セレネが悪戯っぽく微笑みながら、自分の左胸を指差して見せた。
「足の裏とか、嫌がらせがなくて助かるぜ」
それを確認し、俺は大剣を肩に担ぎながらゴーレムへ悠然と歩み寄る。
その頃にはゴーレムが迎撃の為に腕を振り上げている所だった。
次の瞬間、俺がいた場所に凄まじい轟音を立てて巨大な拳が突き刺さる。
俺はと言えば、タイミングを合わせてその拳の上へひらりと飛び乗っていた。
間を置かずに、とんとんとゴーレムの腕を駆け上がり、その頭上へ大きく跳躍する。
「はいよ、お勤めご苦労さん!」
そして片手で振りかぶった大剣の一撃で、ゴーレムの身体を肩口から股にかけて真っ二つにしてやった。
切断する途中で、パキン、と小さな破裂音が響く。
先程セレネに探って貰った、弱点となる核を捉えたのだ。
ゴーレムは核がある限り、どこを壊そうが動き続ける。
綺麗に体を残すには、一撃で核を潰すのが理想なのだ。
ずずず……と摩擦音を立てながら、動きを止めたゴーレムの身体が左右に別れていく。
胸の位置の断面に、核となっていただろう宝珠が埋まっているのが見える。
アダマンタイトは非常に頑丈だが、俺の持つ大剣の前ではこのように紙屑同然だ。
以前に討伐した魔神が携えていた物で、倒した際に頂戴したのだ。
膨大な魔力が込められており、俺の技と合わせれば斬れない物はほとんど無い。
重い音と共に巨体が地に伏すのを確認すると、いつの間にか近寄っていたフェーレスが、背後から首に抱き着いて来た。
「──ヒャッホー! さっすがヴェリス! 偉い偉い! ご褒美あげちゃう!」
金目の物にありつけてテンションが上がったのか、俺にぶら下がったまま熱烈なキスを頬に見舞って来た。
「あ~はいはい。本番はこっからだ、一回落ち着け」
フェーレスのファンなら卒倒する程の名誉だろうが、女に飢えてる訳でもない俺には褒美でもなんでもない。
俺は無造作にフェーレスを引きはがすと、ゴーレムの残骸の向こう──扉を注視した。
細かい彫刻が施された、豪華で大きな両開きの扉だった。
彫刻は神話の一場面を表しているように見える。
大きく翼を開いた竜のような存在へと、人々が平伏している様が描かれていた。
神殿だと思ったのもあながち外れでもなさそうだ。
とりあえず適当に真っ直ぐ進んできた訳だが、どうやら正解ルートだったらしい。
守衛を置いていたという事は、目当ての人物が中にいる可能性は高い。
「ほれ、ようやくお前の出番だ」
フェーレスへ顎をしゃくると、彼女はむくれながらも扉へ近寄って行った。
しばし扉の周辺を探り、安全を確認するフェーレス。
扉に耳を付けて中の様子を窺うと、こちらに目線を寄越した。
俺達が静かに近寄ると、小声で続ける。
「……気配が一つある。罠も鍵も無い」
そこで俺の判断を仰ぐように言葉を切った。
「よし。ならさっさと済ませるか」
俺は即決すると、他の面子を見回す。
それぞれが頷くのを見届けて、重厚な石造りの扉をゆっくりと押し開いていった。
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