或る精霊術師の話
黒イ卵
回顧録
土の精霊と交わったのは、酔いに任せた成り行きだった。
召喚した大きな眼の土偶ーーと、現地の平らかなる人々が呼んでいたーーは、恐らくその種族の女を模したものなのだろう。
土の像をした精霊は、確かに、ゴーレムとは異なった。
まず、ゴーレムなら彫られているはずの、emethがどこにも無かった。
だが、泥や粘土で作られているのは間違いない。
俺の召喚した土偶とやらは、胸の辺りがふっくらと丸みを帯びて、腰がなだらかな曲線を描いていて、また、わずかばかり腹にかけて膨らみがあった。
現地の安産祈願の像、だと聞いた。
ところで、せっかく召喚したものの、使い道は元より、戻し方がわからない。
何故だか、俺の精霊術を使っている感覚はなかった。ただ、呼ばれたからここに居ますよ、とも言いたげで、存在している。
どうやら踊っているのか、くるりくるりと回りながら、ふわりと浮かび、淡く光る。
土の子どもが巡ってきた、喜ばしい、などと種族がざわめき、気付けば宴となっていった。
元々はこの地の調査と、あわよくば、土の精霊との契約に来ていた。
契約の条件はその土地、その土地で異なるため、儀式に使う道具や、儀式の作法などを尋ねることが多い。平らかなる人々の精霊術師ーーかんなぎ、と言うそうだーーのやりようを真似て行った時に、気付けば宙に、例の土偶は居た。
かんなぎも驚くほど、あまりにも自然であった。
俺は宴でたんまりと飲まされたのが、その土地のコメ酒というものだった。土の精霊の力が強く入っていると聞いたが、確かに、透明で香り良く、ひとくち含むと上等の聖水を飲んだ気分になり、嚥下すると酒精の勢いが、身体中に染み渡った。
夢中になって飲み、また、つまみにした干物を炙ったものが旨く、空になった酒の容れ物が、転がっているのを見たのが、宴席の最後の記憶だった。
ふっと目を覚ましたのは、充てがわれた家で、旅人を泊める時用の家屋らしい場所の、藁で作られた布団の上だった。
側にひんやりとした感触があり、すべすべとしたので、酔っ払った身体に気持ち良く、引き寄せたのが、黒い瞳の女だった。
これはそういうことだな、と、女も喜んでいたので、楽しい夜を過ごした。
翌朝、すべすべした感触を楽しもうと、手を伸ばしたところ、ゴツゴツした感触があった。
土偶が時おり光りながら、いびきをかいて眠っている。
その腹は昨夜見たよりも、明らかに膨らみ、臨月の妊婦を想像させるものだった。
後年、俺はこの種族の長になり、幾偶か娶ることになるのだが、この朝の驚愕は、忘れることはなかった。
(了)
或る精霊術師の話 黒イ卵 @kuroitamago
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