殺戮

 見たこともない山奥で、俺はその日の晩を過ごした。

 一日中、泣きながら、恐怖に震えていた。

 もう村へは引き返せない。居場所なんてどこにもない。

 けれど、1人でこれから生きていくなんてできそうもない。

 どこで間違えた? いつからこうなった?

 俺は何も悪くないのに。悪いのは世界だ。間違っているのは世界だ。

 がまんなど止めだ。

 淘汰とうたされるのも、ここでおしまいだ。

 俺の人生は、ここから脱線し、破綻する。


 殺されに帰ってきたのか、殺しに帰ってきたのかは分からないが、とにかく俺は村に帰ってきた。

 頭で考えていたのは後者だが、心で感じていたのは前者だったかもしれない。

 ひょっとしたら、何も考えず、何も感じず、帰巣本能で足のおもむくままに、住み慣れたところに戻ってきたと、それだけのことかもしれない。


 返ってきた俺のを待っていたのは、疎外の世界ではなかった。

 迫害の世界でもなかった。殺害の世界でもなかった。

 ただの……殺戮さつりくの世界だった。死者の世界だった。

 生きているものは誰1人としていなかった。

 1人残らず死んでいる。

 殺す手間が省けたなと、そう思った。

 今度は間違いなく帰巣本能のままに、俺は死体を踏まないように、自分の家に向かった。


「おかえり」


 何年振りだろう?

 そう、3年ぶりだ。3年ぶりにそんな言葉を言われた。


「ただいま」


 俺はそう返して、血まみれの男に近づいた。


「俺も若いなあ。まだまだだ。君はこの村の人間だろ?」


 俺は首肯しゅこうする。


「そうか、命拾いしたね。後5分ほど早ければ、君もあの世逝きだった」

「これは、お前がやったのか?」

「ああ、そうだ。ちなみにおれの名前は悪鬼あっき 羅殺らせつという」

「何で殺した?」

「そうだね。どうしてか。おれもそれが知りたい」


 その答えは俺が予想していたものと違った。

 こういう人間は、『暇潰し』とか『なんとなく』とか、まるで罪の意識なく殺していると思っていたからだ。


「俺は傍若無ぼうじゃくぶ じん


 聞かれもしないのに、俺は名乗った。


「そうか。刃、おれは今仕事仲間を探していてね。

 君が良ければ、おれと一緒に来ないかい?」

「お前と行けば、何が変わる?」

「世界が変わる。君の知らない世界が見られる」


 俺は悪鬼 羅殺と共に行くことにした。

 自分でも何を考えていたのか、もう何も分からなかった。

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