木生

 昔のことを思い出していると、思いのほか長い散歩になってしまいました。

 いつの間にか、村の出口まで来てしまいました。

 この分なら、先輩が道場を脱走するのも簡単でしょう。

 今となっては、もう師匠も引き止めないかもしれませんし。

 少なくとも、私は引き止めませんね。

 そろそろ引き返そうかと思った矢先、奥に人影が見えました。

 この日の夜はけっこうな暗さだったのですが、その人物の輪郭りんかくははっきりと捉えることができました。

 なぜなら、その人物が白く、あまりにも真っ白だったからです。

 目に痛いくらいに白いその男は、ゆっくりとこの村に向かって来ていました。

 間違いなくよそ者。

 それも、こんな夜中に来るなんて、とてつもなく怪しい。

 私は音を立てぬように道のわきに移動し、その男の通り過ぎるのを待ちました。

 男の方からは、私に気付いた様子はありません。

 近づいてくるにつれ、男の両手に大きな武器があることが分かりました。

 左手には手裏剣、右手には鎖つきの鉄球を持っていました。

 男は村に足を踏み入れると、ひっそりと笑い出しました。


「フフフフフフ。懐かしいですねえ。確かこの村には、龍炎さんと孫々さんがいましたか。彼らの元に球があると考えていいでしょうが。どうしましょうか?」


 私は思わず声を漏らしそうになるほど、動揺しました。

 この白い男は師匠たちを知っている。そして、今のセリフから考えて、友人というわけでもなさそうですね。

 しかし、球……というのはいったい?

 私は息をひそめて、その男を見ていました。

 全く音は出していなかった……はずなのに、その男はこちらに向けて手裏剣を投げてきました。

 私はあわててその攻撃をかわしますが、田圃の中に転がり落ちてしまいます。


「ああ、やっぱり誰かいましたか。どなたですか?」


 べっしょりと濡れた服の重みを感じながら、私は立ち上がり、男を睨みつけました。

 相手が何者か分からない状況では、うかつに何かをしゃべるわけにはいきません。

 私が何も言わないでいると、男は自分の方から名乗りだしました。


「私は花鳥はなどり 風月かぜつきと言います。

 この村には、1つしか道場がないはず。あなたの服を見たところ、稽古着のようですが、一気通館いっきつうかん道場の門弟ということですか?」


 私が黙ったままでも、男、花鳥はそれを肯定と受け取ったようでした。


「それなら、行雲こううん 龍炎りゅうえんさん、師々しし 孫々そんそんさんを知ってますよね?」

「………………」

「沈黙……ですか。まあ、あなたは何も聞かされていないでしょうから、しゃべろうとどうしようと構いませんが」


 花鳥の言葉に、私は反応しました。

 そう、師範にしても師匠にしても、私と先輩には常に何かを隠していました。

 そのことに、私は言いようのない不信のようなものを感じていました。

 何も聞かされていない……そう言われて、私は黙っていられませんでした。


「私は時期じき 尚草しょうそうと言います。あなたは知ってるんですか? 師匠たちのことについて」


 私の言葉を聞くと、花鳥は我が意は得たとばかりに語りだしました。


「ええ、知っていますよ。あなたの知らないことも」

「私の知らないこと……」

「教えてほしいですか?」


 私は数瞬迷い、しかしすぐに首肯しました。


「フフフフフ。それでは、私についてきてください」


 花鳥は手裏剣を拾い、歩き出しました。

 私は言われるままに、花鳥についていきます。

 不思議と、悪いことをやっているとは、思えませんでした。

 道場の近くの茂み。

 ぎりぎり村の範囲内と言えるか言えないかの場所で、花鳥は立ち止まりました。

 そこには、物々しいほこらがあり、桐の箱がまつらられていました。

 こんな場所にこんなものがあるなんて、私は今の今まで知りませんでした。

 どうして、よそ者である花鳥が知っているのか、不思議に思うと同時に、この男は私の知らないことを確かに知っていると分かりました。

 花鳥は私の方に向き直って、言いました。


「尚草さんでしたか? あなたの師匠が隠していた秘密。それがこれですよ」

「この祠がなんだと言うんですか?」


 まだ完璧に花鳥を信用していなかった私は、そっけない返事を返します。

 花鳥はそんなことを気にも留めずに、演説でもするかのように、得意げに話します。


「祠ではなくて、この桐の箱ですよ」

「桐の箱?」

「ええ。この中にあるものこそが、その秘密と言うわけです。さあ、知りたければ開けてみてください」

「自分で開ければいいんじゃないんですか?」

「私には開けられないんですよ。人間でないと、この封印は解けないんです」

「どういう意味ですか?」

「おっと、今のは失言でした。お気になさらず」


 それっきり、花鳥は口をつぐみました。

 私は考えます。たとえ中に何が入っていようと、花鳥が何者であろうと、ちょっと開けてすぐに閉じれば問題がないのではないかと。

 そう結論付け、私は桐の箱のふちにあるお札を丁寧にはがし、そのふたを少し持ち上げました。

 すると突然に光が放たれ、中から何かが飛び出してきました!

 私はあわててふたを閉じます。

 今のはいったい、何だったのかと私が思案していると、背後から花鳥の笑い声が聞こえてきました。


「フフフフフ。取り出せたのは1つだけですか。まあ、残りの4つもそのうちに手に入るでしょう」


 見ると、花鳥は手裏剣を地面に突き刺し、空いた左手に球を持っていました。


「それはなんなんですか?」

「別に。何の変哲もないただの球ですよ。

 そうですね、協力してくれたお礼として、これはあなたにあげましょう」


 言い終わると、花鳥は一気に間合いを詰め、その球を私の腹部に押し付けてきました。

 その後の光景は、想像を絶するものでした。

 なんと、その球はするりと私の体内に入り込んでいったのです!!

 私は驚いて、自分の腹部を何度も触りますが、何の異常もありません。


「な、なんだったんですか? 今のは……いったい?」

「フフフフフ。残りは4つ。できれば、前の同族の関係者がいいですね。

 あなたは一気通館道場の門弟。確か、龍炎さんの弟さんもそうでしたよね。

 剛覇さんには娘がいたはずですし、羅殺さんの下にはしんさんの他にもう1人、未だに殺し屋をやっている人がいましたね。

 後は……火に愛されていた、あの少年にでもしておきますか」


 花鳥は私の疑問には答えず、意味の分からない言葉を並び立てるだけでした。

 私が戸惑っていると


「それでは尚草さん。私はこれで失礼させてもらいます。おやすみなさい」


 花鳥はそのまま、夜の闇に紛れてしまいました。

 私は朝日が昇るまで、その場に立ち尽くし、今の不可解な出来事に思いをはせていました。

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