放火

万象ばんしょう、もう目を覚ませ」


 部屋の中、所狭しと生える大木。

 向かい合う2人の男。


「目を覚ますのは手前だ、龍炎。この戦争。手前らに勝ち目はない」


 1人は長刀を背負う大男。

 もう1人は落ち着いた雰囲気持つ僧。


「確かに、アイラを失った俺たちに勝ち目は薄い。だが、まだ希望はある! アイラが教えてくれた希望が!!」


 長身の男が刀を木の1本に叩きつけ、それと同時に周りの木が一斉に燃え上がる。

 炎上。炎上。火炎。火炎。

 迫りくる火。襲い来る炎。思い出すあの日。


            ◆


 目を覚ました。時間はまだ夜中だ。

 隣では、模子が寝息をたてて眠っている。

 今の夢についてはすぐに忘れる。ここ最近、何度も見てきた夢だ。

 模子の世話になってからもう2週間。

 後1日、後1日と模子にせがまれるままに先送りにしているうちに、いつの間にかこんなに経ってしまった。

 模子の寝顔を見て、ずっとこのままここで過ごすのもいいかもしれないと考える。

 しかし同時に、一体何をしているんだという思いもよぎった。


 この10年間の目的は、火菜を見つけることだったのに。

 それを忘れて、こんなところにいていいのか?

 『俺』は火菜の兄だ。

 模子の兄ではないし、模子も『俺』の妹じゃない。

 仮にそう考えても、『俺』が模子の兄になっても、そのとき火菜は誰でもなくなってしまう。

 駄目なんだ。それじゃあ、駄目なんだ。

 火菜を見つける。自分のためにも、火菜のためにも。

 いい頃合いだ。今の内に出発しよう。


 布団から出て行こうとすると、着物の裾が何かに引っかかった。

 違う。引っかかったんじゃなく、引っ張られたんだ。

 見ると、模子が着物の裾をその小さな手でつかんでいた。

 寝相だ。ただの寝相。意味なんてない。


「おにいちゃん……」


 寝言だ。ただの寝言。意味なんてない。

 意味なんて……ない。

 自分に言い聞かせるようにして、模子の手を振り払い、家の外へ出た。

 走って、一刻も早くその場から離れようとした。

 そのとき……いきなり背後が明るくなった。

 こんな夜に? なんで?

 答えは一目瞭然だ。模子の家が赤々と燃え上っていた。

 ドンっと、誰かが肩にぶつかった。そいつは何も言わずにその場を去ろうとする。


「待てっ!!」


 呼び止めてもなおも逃げ出そうとするのを、その場に組み伏せた。

 若い男だった。炎が近いから顔がくっきりと見える。

 男は大声で怒鳴り散らす。


「放せてめえ!!」

「何だ?」

「あん?」

「これは何だ!?」


 男の手にはまだ焦げ臭い松明たいまつが握られていた。

 考えるまでもない。明瞭めいりょうな証拠。


「あ、あの女が悪いんだ。ずっと好きだったのに、こっちを見向きもしねえで。それをお前みたいな男が……」


 最後まで聞かず、男の顔面を思いっ切り殴りつけた。

 男はその一発で気絶した。続けて、第二撃を見舞おうと拳を振りかぶった、そのとき!!


「きゃあ――――――――!!」


 模子の悲鳴だ。

 男の上から体を起こし、燃え盛る家の中に飛び込む。

 入り口の近くにも火は迫り、前へ進めない。


「模子――!!」


 初めて模子の名を呼ぶ。返事はすぐに聞こえた。


「助けて……助けて、おにいちゃん!!」


 たった独り、火に囲まれるときの恐怖を、誰よりも理解していた。

 だからこそ、冷静な判断などできようはずもなかった。

 あろうことか、あんな男の言葉にすがるほどに、動揺していた。

 目の前の火をにらむ。


 ――動け、動け、動け!! 模子の所まで、行かせてくれ!!


 そのとき、思った通りに火は動いた。

 しかし、火が動いたことの驚きなんて、どうでもよかった。

 確かに火は動き、意志を持っているかのように一か所に集まった。

 部屋の奥の、1人の少女の元へ。

 その真っ黒なシルエットが、目に焼き付く。一歩も動けない。


「おにい……ちゃん」


 模子は死んだ。


「うわぁああああぁぁぁぁああ――――!!」


 頭を抱え込みながら絶叫する。

 火はさらに暴走を続け、火勢を強める。

 やがて、小一時間経つと、気分が落ち着き始め、火の力も弱まった。

 今度は驚くほど冷静だった。

 火が自在に操れる。思った通りに動く。

 何の狂いも歪みもなく、思い通りに、『俺』は気絶したままのさっきの男を焼き殺した。


 そして、模子の家の全焼を見届けると、歩みを始める。


「もてない男は死あるのみだ」

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