浄火

 手掛かりを元に、例の少女の家にたどり着いた。

 様々な人から聞いた話によれば、この家に1人で住んでいるらしい。

 年は15。火菜の年齢と合致する。

 これまでの10年間の中で、最も有力な手掛かりに、らしくもなく気持ちがはやった。

 10年ぶりに、生き別れた妹と再会できるかもしれないのだ。

 どうしても戸を叩く手は中々動かなかった。

 おそらく随分長いこと、家の前に立っていたのだろう。

 突然、家の前を通る人に声をかけられた。


「あの……」


『不審人物と思われたか?』とにわか不安になり、釈明しゃくめいしようと声をかけてきた人を見る。

 そして……その人物、少女に目を奪われた。

 火菜にそっくりなその少女に。


「わたしの家に何か用ですか?」


 固まったまま何も言えない。

 落ち着くんだ。まだ目の前の少女が火菜と決まったわけじゃない。

 そうは頭の片隅で思いながらも、ほぼ確信していたと言っていい。

 やった、やっと火菜に会えたんだと。


「火菜、か? 画竜、火菜」


 一言、一言確認するようにゆっくりと言う。

 果たして、少女の答えは……


「火菜? 違いますよ。わたしは曖昧あいまい 模子もこです」


 彼女は全くの赤の他人だった。


 曖昧 模子。

 どうやら彼女も10年前の『神々の邂逅』で両親を亡くしたらしかった。

 ただ、兄はおらず、弟が2人いたようだが、どちらも流行はやり病で亡くなったそうだ。


「画竜さんの妹って、そんなにわたしに似ているんですか?」


 家に入れてもらい、互いの境遇を教え合った後、模子は言った。

 これまで他人に話したことはなかったのに、どうしてか今日は口が軽い。

 相手が相手だから、自然そうなってしまったのだろう。


「天睛でいい」


 質問に答えず、出されたお茶を飲む。

 すごくうまい。


「そんなに似ているなら、『おにいちゃん』って呼んでもいいですか? 弟の世話ばっかりだったから、憧れているんですよ」


 何かの恋愛シュミレ―ションのイベントみたいだった。

 あまり人の話を聞かない子だ。それはお互い様だが。


「好きにしろ」


 言って、もう一度お茶をすする。

 そして、気付かれないように模子の姿をうかがい見た。

 やっぱり似ている。別人なのが嘘のように。

 実はしばらくは、模子が嘘をついているか、記憶違いをしていることを疑っていたが、数時間話した結果、紛れもなく別人だと分かった。

 『ならばお前に用はない』と言いたいところだが、お茶を何杯も飲むうちに、日が沈みかけていた。


「おにいちゃん、今日はもう遅いから泊まったら? わたしもずっと1人で寂しかったし」


 早速『おにいちゃん』という呼称を使えたことがうれしいのか、長い髪の先を指でくるくると巻きながら笑う。

 髪。火菜があの約束を覚えていたなら、短い髪のままにしているのだろうか?

 恋愛シュミレーションというか、18禁の何がしかみたいなセリフ。

 いくら少しばかり境遇が似ているからとはいえ、たった今会った男を家に泊めるのはどうかと思ったが。

 それ以前に、こんな年頃の女子の独り暮らし自体どうかと思ったが、素直に好意に甘えることにした。

 風呂はさすがに借りなかったが、夕食はいただいた。(これまた絶品)

 そして夜になり、布団を並べる。


「お休み。おにいちゃん」

「お休み」


 火菜と模子は別人。

 そう分かりながらも、長年の夢が叶ったかのような心地になり、ぐっすりと眠った。

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