乱舞

 夢を見た。1人の女の夢。

 儂には、その女の背しか見えなかった。

 でも、その人は、どこか儂に似ていて、けれど、儂では決して及ばぬほどの力があった。

 背中を見るだけで、それが伝わった。

 戦火の中、ただ1人佇んでいる彼女の姿は、とても強く、儚く、何より美しかった。


「剛覇さん」


 そのとき、女の背に、別の女の影が重なった。

 その女、否、少女と言った方がよい背格好じゃが、とにかく、その少女も負けず劣らず美しい少女じゃと、背を見るだけで分かった。


「初めまして。わたし、茎怒くきど アイラです。アイラちゃんって呼んでください。

 早速ですけど、今 龍炎りゅうえんさんと孫々そんそんさんがピンチなんですよ。羅殺らせつさんは、まあ、ほっといても大丈夫でしょうけど。

 とにかく、その2人を助けるために、あなたの力を貸してもらえませんか? 後で返しますから」


 茎怒 アイラという少女に話しかけられ、剛覇と呼ばれた女はゆっくり振り返る。

 もう少しで、その顔が儂に見える。


            ◆


 そこで、儂は目を覚ました。

 今のはもしかして、母上の夢?

 母上が過去、『神々の邂逅かいこう』で戦っていたときの?

 まさか儂に過去夢を見る能力なんぞ備わっておらんじゃろうが、それにしても、母上の夢を見るなんて珍しい。

 珍しいどころか、初めての体験じゃった。

 最近では、母上のことを考えることなどなかったのに、どうして今更?

 いや、そんなことより考えるべきことは、どうして儂はこんなところで寝転んでおったのかじゃ。

 誰かと会って話していたような気もするのじゃが、どうも記憶がはっきりとせん。

 残っておるのは、まぶたに焼き付くような白さと2つの言葉だけ。

 『金属を思うがままに操れる』

 『悩みを解決したければ、思いっ切り暴れればいい』

 誰の言葉じゃろう?

 特に最初の言葉なんて、訳が分からないにもほどがある。全く信が置けん。

 そう考えながらも、儂は試してみる気になって、1人武器庫の方へ向かった。


 武器庫まで行き着くのは簡単じゃった。

 途中誰1人家臣に見つかることなく、あっさりとたどり着いた。

 外から敵が攻め入ることはほとんどないが、儂がこの城から脱出しようとしたことは何度もある。

 家臣たちにとっての警戒の対象は、目下のところ攻め入る敵より逃げ出す味方、つまり儂じゃ。

 それなのに、今日はこんなにも簡単なんて、どういうことじゃろう?

 まるで、城中のものが気絶でもしているかのように、城全体が静まり返っておる。

 まあ、不可解だろうと儂にとって都合がいいことなのじゃから、そこまで深く考える必要もなかろう。

 武器庫の鍵は開いておった。

 不用心なとも思ったが、これはこれで儂に都合がよい。

 武器庫に入り、考える。

 ふむ。ここまできて、やはり馬鹿馬鹿しくなってきたの。

 『金属を思うがままに操れる』のう。

 しかし、やるだけやってみるかの。

 せっかくだから、城の周りのうっとうしい木を切ってみるのもよかろう。

 そう思ったときじゃった。

 武器庫の武器が一斉に動き出し、武器庫を飛び出したのじゃ。

 そして、城の周りの木をなぎ倒し始める。

 まさに儂の想像通り。

 否、確かに想像はしたが、まさかその通りになるとは想像しておらんかった。

 む? なんだかこんがらがってきた。

 もうなんでもよいか。これはかなり楽しいぞ。

 ストレス解消に持って来いじゃ。


 それから儂は、城の周りの木を切り倒しまくる。

 しているうちに、頭に残っておったもう1つの言葉が浮かんできた。

 『悩みを解決したければ、思いっ切り暴れればいい』

 いや、儂は何を考えておるのじゃ。

 確かに家臣たちに叱ったり、たしなめられたり、そういう対等な関係になりたいと思ってはおったが、それでも、そんなことをしていいはずはない。

 じゃが、このままではずっと、この城の中で気まずい思いをして暮らすよりは……。


 そんな考えが、頭をよぎった途端、武器は方向を変え、城の門へ向かって行った。

 儂は驚き、つられるようにしてその武器を目で追い、体でも追う。

 嫌な予感がした。もしも本当に、あの武器たちが儂の思いに反応しておるなら。

 武器の飛ぶスピ―ドは速く、とても追いつけたものではなかった。

 それでも、儂はなんとか見失うことはないように、その武器を見ておった。

 今から思えば、武器から目を逸らせばそれまでじゃたのじゃが、このときの儂はそれを知る由もない。

 家臣を傷つけまいと、健気に頑張っておった。


 予想通り。今度ばかりは都合の悪いことに、武器は家臣たちを襲っておった。

 儂は必死に武器が止まってくれるように念じるが、変な方向に回転したりして、上手く操ることができん。


「止まれ! 止まるのじゃ!!」


 儂は叫ぶが、武器は動き続ける。

 家臣共は今の叫び声で儂に気付いたかと思うと、


「剛剣様! 止まれと言われましても、防がないと我々がやられてしまいます。それより、早く逃げてください」


 なんてことを言い出す。

 本当に馬鹿な家臣共じゃ。今のは武器対して言うた言葉じゃというのに。

 それに、これは儂の仕業なんじゃ。儂のせいなんじゃ。

 それなのに、こやつらは儂を守っておるつもりでおる。

 何も気づかず、何も知らず、ただ儂のために戦っておる。


「この……馬鹿……者共」


 急に体から力が抜けたと思うと、儂はずるずると地面にへたり込む。

 それから、気を失った。

 ついさっき起きたばかりじゃというのに、また気絶するとは。

 我ながら、忙しい奴じゃ。

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