金生

 突然じゃった。何の前触れもなかった。

 気が付くとそこにいて、否、気が付く前からおったことは確実なのじゃが、しかし、あまりにも突然で、唐突で、むしろそこにおるのが当然のようでさえあった。

 その男が儂の前に現れたのは。

 その男については、白いという一言に尽きる。

 白。他にどんな言葉も必要ない。

 どころか、これ以上の言葉は蛇足にしかならぬ。

 白髪で、色白で、着物も袴も足袋たびも、何から何まで真っ白じゃった。

 蛇足になることを承知で、その男の他の特徴を上げるなら、両手に奇怪な武器を持っておったこと。

 そして、周りの白さのせいか、その男の瞳は闇さながらに暗く、深く、黒く見えた。

 白と言えば王子様か、と一瞬思ったものじゃが、あれは馬が白いのであって、王子様自身が白いわけではない。

 それに、この男は儂を救ってなんかくれぬ、と思った。

 一目見て、それを直感で確信した。

 この男の目は、否、男から感じられる気配は、儂を救うどころか、壊そうとするものじゃった。

 否否、それは儂個人ではなく、世界に対して向けられておる破壊衝動のようであった。


 とにかく、そんな一目で危険人物と分かる男が、儂の目の前におったのじゃ。

 誰にも気づかれることなく、この城の最深部まで侵入しておったのじゃ。

 この辺りは平和ボケと言われるほどに治安が良い。(ちなみにそれは母上の手柄じゃ。母上の代では相当に荒れておったらしい)

 だからこそ儂でも城主が務まっておったわけじゃし、城の警備自体が強固とは言えぬかもしれん。

 侵入者自体、儂の代で初めてじゃ。その事実だけでも十分驚きに値する。

 しかしそれでも、突破されるだけならまだしも、侵入した事実すら知られることなくここまで来れるほど、柔い警備でもないはずじゃ。

 それでは警備に何の意味もなくなる。

 いったい家臣共は何をしておるのじゃ?


 男は儂を見て、薄気味悪く笑った。


「やはり似てますね、剛覇さんに。顔も雰囲気も」


 その男は儂の母上の名を呼んだ。

 まるで旧知の人間を懐かしむようにして。

 なんじゃ? この男客人か?

 やはりいくらなんでも、誰にも気づかれず、ここまで侵入してこれるわけはない。

 儂の意見も聞かずに、家臣の誰かが勝手に通したんじゃろう。

 どちらにせよ、後でおしおきが必要じゃ。

 母上の名が出たことで、儂はいくらか警戒心を解いた。

 この男を前に警戒心を解くことが、どれほど危ない意味を持つのか、このときの儂は全く分かっておらん。

 平和ボケしておるのは、誰よりも儂ということじゃろう。

 あろうことか、自分から正体不明の男に話しかけるくらいじゃ。


「お主、母上のことを知っておるのか?」

「ええ。よ~く知ってますよ。あなたの母親には随分と煮え湯を飲まされましたからね。下手をすると、アイラよりやっかいでしたよ」


 アイラというのも母上の知り合いなのかの?

 ともあれ、この男が母上の知り合いであるということは確定した。

 母上のことを色々聞いてみようかとも思ったが、止めておくことにした。

 あまり意味はないし、興味もなかったからじゃ。

 とにかく、この男との会話をとっとと終わらせてしまおうかの。

 儂は多少突っぱねるような声の調子で、男に用件を聞いた。


「お主、この城に何か用か? 母上なら、10年前から行方不明じゃぞ」

「城ではなく、あなたに用があるんですよ。質実 剛剣さん」

「儂に?」


 さてはこの男、儂に求婚しにきたとか、そういう類の輩じゃな。

 いつまでたっても嫁ごうとせん儂に業を煮やして、家臣共が一計を案じたというわけか。

 それなら、この男を通すのに、儂の意見を聞かんかったことも筋が通る。

 つまりは、即席の見合い。前にも幾度か似たようなこともあったしの。

 それなら話が早い。お帰り願うとしよう。

 誰であろうと、この男だけは嫌じゃ。なんかもう、生理的に。


「儂はお主には何の興味もない。とっとと帰ってくれんかの」


 こんな無礼な物言いをする姫じゃと分かれば、今後こういう輩も激減するじゃろう。

 そう思って、必要以上に辛辣な言葉を儂は言う。

 じゃが、男はそれで気分を害した様子は一切なく、むしろより凄惨に笑った。


「フフフフフ。ええ、すぐに帰りますよ。届け物をお渡しすれば」


 瞬間、またも突然に、男の手は儂の腹に押し付けられておった!

 何かが体の中に沈み込むような、妙な感覚が感じられる。

 儂は反射的に、この気持ち悪さから逃れるために、その男を力いっぱい突き飛ばした。

 男は何の抵抗もなく、吹っ飛び、地面に叩きつけられる。


「無礼者! 儂に何をしたのじゃ!? おい誰か、この男を……」

「呼んでも無駄ですよ。みなさんお昼寝中ですから」


 男は両手の武器を支えに起き上がる。


「お主! 儂の家臣たちにも何かしたのか!?」

「ですから、少々眠ってもらっただけです。起きるころには何も覚えていませんよ。あなたにも、これからすべてを忘れていただきます」

「どういう意味じゃ?」

「こういう意味です」


 男の左手が動いた、と同時に、儂は地面に倒れておった。

 何が起こったのか、まったく理解できんかった。

 意識は朦朧もうろうとなり、頭上から響く声が唯一の刺激じゃった。


「あなたの私に関する記憶を『いただきました』。さて、確か龍水りゅうすいさんがこちらに向かっているはずでしたね。この程度の警備なら、怒冬どとうさん1人いればなんとかなるでしょう」


 薄れゆく意識の中、儂は最後の言葉を聞き取った。


「剛剣さん。最後に2つ言っておきますから、これは覚えておいてくださいよ。

 まず、あなたは金属を思うがままに操れるようになったこと。

 それから、あなたが今抱えている悩みの解決方法。あえて家臣を困らせるというのは、なるほどいい方法ですが、まだ足りません。その『神の力』で思いっ切り暴れ回ってみたらどうですか? それこそ、噂になるくらいに。そうすれば、家臣たちはあなたを叱り、たしなめてくれるはずです。あなたが望む、絆が得られるはずですよ」


 儂が聞き取った言葉は、それまでじゃった。

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