君が世 ―君が創り出す三千世界― 外伝

金の章 君が閉じ籠る堅牢世界 💎

母上

 もう15年も前、儂が4歳のころの話じゃ。

 質実しつじつ 剛覇ごうは、儂の母上がこの城を抜け出したのは。

 当然、儂にはそのころの記憶はない。

 10年前には、消息も不明となった。

 それは人伝に聞いた事実でしかなく、直接儂に関係あるとも思えんかった。


 冷たいと思われるかもしれんが、最初それを聞いた儂は


「ふ~ん。そうなんだ」


 ぐらいにしか思わんかった。


 最初から、前提がそうじゃったのじゃから、仕方のないことでもあるのじゃ。

 生まれたときからではないにせよ、少なくとも記憶の中では、儂には初めから父上はおらず、母上はおらず。

 気付いた頃には、一国一城の姫じゃった。

 否、一国一城はやや誇張気味じゃ。正確には、百村一城。

 儂は4歳にして、ここら一帯の最高権力者じゃったわけじゃ。

 もちろん、儂がある年齢になるまでは、代理のものが実質的には城の実権を握っていたわけじゃが、名目上は儂ということじゃ。

 しかし、よく考えてみればおかしなことでもある。

 父上が死に、母上がいなくなったのなら、子供の儂などほっかって、別のものが城主になるのが一般的であり、常識的じゃ。

 もっと言えば、儂を殺すなり、城から追い出すなりして、ちゃっかり質実 剛剣ごうけんを名乗ればよい。

 この城はひどく排他的なので、村人たちは姫の名前は知っていても、顔なんぞ誰も知らぬし、そもそも顔見せする機会もない。

 そこまで言わずとも、幼い儂をうまくたばかって、実権を握り続けることもできたはずじゃ。

 じゃが、城の中の家臣の誰一人として、そういう野心を見せるものはおらんかった。

 儂がある年齢になるまで、あくまで『代理』と名乗っておったし、そのときになれば、何の惜しみなく儂に全権を委任いにんした。

 相談役とか、後見人とかゆうて、こそこそ儂を誘導しようとするものもおらんかった。

 それはなぜかと言えば、母上が城を出る前にこんな手記を残しておったからじゃ。


『しばらく城を空ける。城のことは、一時代理として○○○○に任せる。じゃが、娘が16になったなら、全権を委任すること。 質実 剛覇』


 ○○○○というのは、母上が(おそらく)最も信頼しておった家臣じゃ。

 伏字にしておるから、超重要人物かといえばそんなことはない。

 ただ単に、作者が名前を考えるのがめんどくさかっただけじゃ。人名っぽい四字熟語も数が限られとるしの。

 各々、好きな四字熟語を入れて楽しめばよい。

 少々話が逸れたが、つまりは母上の言いつけを家臣たちは12年間守り通しておったわけじゃ。

 家臣たちが母上に逆らわないのは、忠義の故か、恐怖の故かは分からぬが、母上は儂を守ってくれたということじゃろう。

 それに対する感謝はもちろんある。

 母上のその言いつけがなければ、儂がどうなっておったかは想像に難くない。

 しかしそれと同時に、質実剛覇という『見も知らぬ他人』に、そこまでのことをされることを気持ち悪くも思っておった。


 16歳になると同時に、儂は百の村と万の民の長となった。

 子供に与えるおもちゃとしては、あまりにも過ぎたるものじゃった。


 それから3年経ち、儂は19歳になった。

 未だに儂にとっての母上は、『大恩ある見知らぬ他人』に留まっておる。

 幼いときや、この城の実質的城主になった時期には、よく母上のことを考えておったものじゃが、今ではそれもめっきりなくなった。

 儂の頭を悩ます問題が、他に3つもあったからじゃ。

 その1つ目の、執拗しつように男として育てられる習わしにも、慣れないまでも折り合いが付け始めたころ、家臣共は口々にこう言いだした。


「剛剣様、そろそろ何処かにとつがれては……」


 との。

 これが2つ目の悩み。

 俗に言う結婚話じゃが、俗に言わねば跡継ぎ問題じゃ。

 質実家のものは、どうしてか昔から女子しか生まれぬという。

 故に、女を男として育てるような習わしが出来たわけじゃが、しかし女は女。

 下世話な話、子供を産むことが最重要事項になるのじゃ。

 もう19にもなるのに結婚しておらぬ儂は、遅れに遅れておる。

 子供が1人おってもおかしくはない年齢じゃ。

 それでも儂は、こう答える。


「儂はまだ嫁ぐ気はない」


 こう言ってしまえば、家臣共は黙らざるをえん。

 この関係が、儂は嫌じゃった。

 儂の頭を最も悩ましておる、3つ目の悩み。

 家臣共が儂を立ててくれるのは、正直都合がよいと思うこともある。

 しかし同時に、物足りなくも思っておったのじゃ。

 儂に遠慮して、たかだか19の小娘に強く進言できんことに。

 それが儂の力を認めておるからというのならまだよいが、儂ではなく母上の力の故じゃと思うと、堪らなく寂しかった。

 もしも、たった一度でも儂を叱ってくれたら、たしなめてくれたら、儂はあっさり言う通りにするのに……。


 なんて言ってみたところで、嫁ぐ気がないというのは儂の本心なんじゃがの。

 その理由は、随分と恥ずかしいもので、王子様を待っておったからじゃ。

 この年になっても、儂はそんなことを夢見ておった。

 いつの日か、儂が閉じ籠っておる、この堅牢のような城から、外の世界へ連れ出してくれる。

 そして一緒に旅をして、たくさんの試練を共に乗り越えて、最後には恋に落ちる。

 そんな救世主、王子様の存在を、儂は心から待っておったのじゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る