11.宰相閣下に連れられまして。(前半)
「お披露目式典のための事前視察??」
薄暗い聖堂の中、エリアスの後をついて細い階段をのぼりながら、フィアナはオウム返しに問いかける。すると、エリアスはにこにこと頷いた。
「はい。こちらの聖堂、しばらく修繕工事を行っていましたでしょう? それが、先日ようやく終わりましたので、陛下の名のもとで式典が執り行われるのです」
(そういえば、そんなお知らせが張り出されてあったかも)
視線を泳がせながら、フィアナは思い出した。たしか街の中央広場の掲示板に、この日は式典のため招待客以外は立ち入り禁止と、でかでかと張り出してあった気がする。
「じゃあ、エリアスさんがさっき警備兵のひとと話していたのって」
「はい。式典当日の警備体制について、警備隊長と確認をしていたのです。王家と所縁の深い聖堂ですので慣れているとはいえ、万が一のことがあってはいけませんから」
「そういうことだったんですね……」
とりあえず、武装したひとが立てこもっているとか、殺人犯が逃げ込んでいるとか、そういった危険な状況ではないらしい。ほっとして、フィアナは胸をなでおろす。……そんなフィアナの様子に、前をいくエリアスはくすくすと笑いを漏らしていた。
「ところで、フィアナさんはどうしてこちらに? グレダの酒場からこの聖堂は、そこそこ距離がありますが」
「たまたまですよ。キュリオさんに忘れ物を届けにいった帰りなんです」
「なるほど。そういえば、キュリオさんのお店はこの近くでしたね」
頷いてから、エリアスはカッと目を見開いた。
「そうか、その手がありましたか……!」
「一応言っておきますけど、エリアスさんが忘れ物しても届けませんからね。私みたいな一般市民は、お城になんか入れないんですから」
「衛兵に入城許可の申請を出しときますよ?」
「めちゃくちゃ確信犯じゃないですか。そんな下心満載な忘れ物は没収です!」
半目になってフィアナが抗議すると、エリアスは声を上げて笑った。だが、その声はふいに途絶えてしまう。急にどうしたのだろう。そう首を傾げるフィアナに、前を向いたままエリアスが口を開いた。
「……驚きました。まさか、仕事で城下へ来ている折に、フィアナさんにお会いするとは」
その声があまり嬉しそうではなくて、違和感を覚えたフィアナは前を見上げた。いつもの調子の彼ならば、「これは運命の出会いですっ」だとか「恋のキューピットの悪戯ですねっ」だとか、――まあ、セリフの内容はいったん置いておくとして、とにかくそのようにはしゃぎそうなものだが。
少し考えてから、フィアナは視線を落とした。
「すみません。お仕事、邪魔しちゃいましたね」
「ちが、ちがうんです! フィアナさんに会えたのは、すごく嬉しいんです!」
「は、はあ」
ばっと振り返って必死に釈明するエリアスに、フィアナはその場でびくりと立ち止まった。ていうか、狭いらせん階段の途中だから、そうやって身を乗り出されるとどうしても距離が近くなってしまう。
本当に、このひと顔だけは綺麗だな。焦った顔を見上げながら、場違いにもそんなことを思っていると、エリアスは珍しく困ったような笑みを浮かべた。
「ただ、仕事をしている時の私は、どうにも温かみに欠ける人間のようでして。フィアナさんには、あまりそうした姿をお見せしたくないと思っていたのです」
ああ、そうかと、フィアナは納得をした。
〝氷とか、鋼とか、好き勝手言いますけど……。わたしだって必死なんです……、がんばっているんですよ……〟
エリアスを拾った夜、彼はヨレヨレに酔い潰れながらそんなことをこぼしていた。翌朝にも氷の宰相と呼ばれるのは不本意だと話していたから、周囲からそのように見られてしまっていることを、彼なりに気に病んでいるのだろう。
気落ちするエリアスは、まるで大型犬がしょんぼりとうなだれているようだ。まったく、このひとは何を今更。そんな風に呆れながら、フィアナは肩を竦めた。
「あのですね。普段の印象が強すぎて、ちょっと『氷の宰相』の顔を見せられたくらいじゃ、エリアスさんの評価は覆りません。わたしの中でエリアスさんは、残念イケメンな面倒くさいひとのままです」
「私、面倒くさいんですか!?」
「そこは驚くとこじゃないですよね!? そういうとこですよ、面倒くさいの!」
数分置きにボケないと会話もできないのだろうか、このひとは。やれやれと首を振りつつ、「……それに」とフィアナは続けた。
「口ではあーだこーだ言ってますけど、エリアスさんがボロボロになって、身を削って仕事をしているの知ってますから。そんな姿を見ちゃったら、『氷の宰相』だなんて、迂闊に呼べませんよ」
「フィアナさん……」
美しい宰相は、虚を衝かれたように目を瞠った。しばし、ぽかんとフィアナを見つめていた彼だったが、ふと繊細な蕾が静かに綻んでいくような、愛おしげな表情を浮かべた。
「……そんな貴女の優しさに、私は惹かれたのでしょうね」
「え、なんて言いました?」
「いーえー。今日のフィアナさんも大天使な女神すぎて、生きているのがしんどいと呟いただけですよっ」
「うわっ、聞き返さなきゃよかった。ていうか、大聖堂の螺旋階段を登りながらその発言は、神様に失礼じゃないですか」
「仕方ありませんよ。私はすでに、フィアナさん教の一員ですから」
「変な宗教立ち上げないでくれませんかね!?」
目を吊り上げるフィアナに、エリアスはくすくす笑う。そこには、先ほど一瞬だけ彼が見せた翳りはない。一応、元気を取り戻したのだろうか。そのように安心しつつ、フィアナは嬉しそうにこちらを見下ろすエリアスにしっしっと手を払った。
「ほら、何かいいものを見せてくれるんですよね。いつまでも立ち止まってないで、早く登ってください。いい加減つかれたので、このまま回れ右して帰っちゃいますよ?」
「なんと! それはよかっ、いけません! さあ、フィアナさん、どうぞこちらへ。私がお姫様だっこをして差し上げなくてはっ」
「え、いや、早く先に進んでもらうための口実っていうか、本当に疲れたわけじゃなくて……待って、あの、ほんとに歩けま、いや」
みぎゃぁぁぁあ、と。
哀れな悲鳴が、細い階段に響いたのだった。
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