5.マダムはかく語りまして。
「ふぅーん。マルスちゃんったら、そんなこと言ったのねぇ」
しなりとしどけなくカウンターに座り、ロックグラスのなかで氷をころころと遊ばせる美女――もとい、美丈夫がひとり。
彼こそ、有力貴族にもヘビーユーザーを多数抱えるという町一番の仕立て屋、『マダム・キュリオの洋服店』の店主、キュリオだ。なお、優雅な仕草や言葉遣いでマダムやマダム・キュリオの愛称で親しまれているが、外見も中身もれっきとした男である。
今日はめずらしく風邪を引いたとかでパン屋のニースが顔を出さず、カウンターに座る常連はキュリオひとり。それで、なんとなくフィアナが相手をしていたのだが、流れでマルスの話になったのだ。
マダムは長い指を頬に添わせると、うっとりと瞼を閉じた。
「いいわぁ、青春の匂いがするわぁ。小さいころから一緒に遊んで育った、大事な幼馴染。いつしかそこには淡い恋心が芽生え、彼女に近づくほかの男の影にいても立ってもいられなくて……。いやーん、王道展開じゃなーい!」
思春期の乙女のようにきゃっきゃっとはしゃぐキュリオに、フィアナは腕を組んだ。
「マダム・キュリオ! 盛り上がるのは結構ですが、そんなことばかりを言っていると、またマルスに怒られますよ」
「いいのよぅ。マルスちゃんのあれは、て・れ・か・く・し。あんなの、怒られたうちに入らないんだからっ」
ぱたぱたと手を振るキュリオ。ちなみに、彼は以前マルスが夜に店に顔を出した時、散々幼馴染ネタでふたりを冷やかし、結果マルスを怒らせた前科を持つ。
そんなお茶目でふざけたマダム・キュリオだが、この界隈で、恋愛経験の豊富さで彼の右に出る者はいない。少し迷ってから、フィアナは口を開いた。
「マダムは、エリアスさんとも仲がいいですよね。エリアスさんって、どこまでが真面目なんだと思いますか」
「え? エリアスちゃんが、フィアナちゃんのことを『大天使で女神な私の嫁』ってしょっちゅう惚気ているのが、どこまで本気かって話?」
「そうですけど、そうですって言いづらいこの感じ!!」
頭を抱えて、フィアナは叫ぶ。ていうか、私の嫁ってなんだ。エリアスに嫁いだ記憶など、これっぽっちもない。
そのように悶えるフィアナに、キュリオは愉快そうに身を乗り出した。
「……あらあらぁ? もしかしてフィアナちゃん、ちょっぴりエリアスちゃんのこと気になってきちゃった??」
「いえ。それはありません」
「いやーん。フィアナちゃんったら、今日も辛口っ」
「けど……」
「けど??」
「……けど。もし、本当にエリアスさんが私のことを好きでいてくれているんだったら、いつか、ちゃんとお断りしなきゃいけないのかなって、そう思います」
しょんぼりと告げたフィアナに、キュリオが目を瞠る。ややあって、カラコロと氷を遊ばせながら、彼は微笑んだ。
「フィアナちゃんは真面目ねえ。けど、あれだけ毎日塩対応しているんだもの。いまさら改まって、お断りする必要もないんじゃなーい? それにエリアスちゃんの場合、フラれたくらいじゃ、ちっともめげないような気がするけど」
「それは……」
確かに、とフィアナは嫌でも納得してしまう。というより、いい笑顔で「何度お断りされようが、この溢れる愛をフィアナさんにお伝えし続けますから!」などとのたまう姿が容易に想像できて、頭が痛い。
どんよりとため息を吐くフィアナに、キュリオはくすりと笑みを漏らした。
「いいじゃない。フィアナちゃんくらいの年だと、なんでも白黒はっきりつけたくなっちゃうかもだけど、それが正解とは限らないもの。エリアスちゃんがお客さんとして来ている間は気にしなくていいし、その先に踏み込もうとしてくるなら、そのときに考えればいーの」
「そんなもんでしょうか」
「そんなもんでいーのよ、所詮、男と女なんて」
そのように、キュリオははっきりきっぱり断言した。さすがはマダム、踏んできた場数が違う。若干首を傾げつつも、フィアナは彼に尊敬の目を向けた。
「で、最初の質問に戻るけど……。エリアスちゃんが、本気でフィアナちゃんのことを好きなのかどうかって話よね?」
「はい」
ほんの少しばかり緊張しつつ、フィアナは頷く。けれども、恋愛マスター・キュリオの答えはひどくあっけらかんとしたものだった。
「ごめんなさーい。それは私にも、わっかんないのよねぇ~」
「え??」
「だってぇ。大真面目に言っているようにも見えるし、見ようによっては、フィアナちゃんをからかって遊んでいるようにも見えなくないものぉ」
「からか……っ、最悪じゃないですか!」
傍からみたら、そんな風に見えていたのか。そう憤慨するフィアナだったが、「ちがう、ちがう」とキュリオは人差し指を立てて首を振った。
「からかうって言っても、悪い意味じゃなくて。そうね。たとえるなら、5・6歳くらいの子供が、好きな子にわざといじわるして遊んじゃう、みたいな?」
「……はい?」
「ほら、フィアナちゃんって打てば響くと言うか、こう痒いところに手が届くような気持ちいい突っ込みをするじゃない? それが楽しくて、わざとちょっかいだしているようにも見えなくないのよねぇ~」
「それが本当だとしたら、結構いろいろと腹立たしいのですが」
目を三角にして、フィアナは答える。だって、もしその仮説が本当なら、フィアナがかまえばかまうほど、エリアスは面倒くさくなっていくということではないか。
いっそのこと、これからずっと無視してやろうか。そのように腹の内で考えたフィアナを見透かしたように、「だから、そうも見えるってだけよ!」とキュリオは苦笑した。
「まぁ、もし本当に迷惑なら、ガツンと言ってやりなさい。大丈夫よ。それで逆切れするような男だったり、マルスちゃんが言うみたいにわぁるい遊び目的のクズ男だったら、私がエリアスちゃんをもいじゃうからっ」
「もい……?」
何を、というのは聞かなかった。世の中はっきりさせないほうがいいことも、たまにはある。
けれども、キュリオのおかげで大分すっきりした。たしかに、あれでもエリアスはこのメイス国の宰相なのだ。あのふざけた言動の数々が彼の本性と考えるよりも、フィアナと戯れるために敢えてああいう態度なのだと考えたほうがよほど説明がつく。
(……ふふん。だとしたら、はっきり言ってやろうじゃないの)
〝エリアスさんってば、そうやっていっつもからかって。ダメですよ? 楽しいからって、そんなにはしゃいじゃ〟
まるで大人のイイ女のように、エリアスをさらりとやり込めてやる様を想像し、フィアナはひとりほくそ笑む。これはちょっとした仕返しである。いつもいつも、エリアスのペースに載せられて振り回されてばかりだから、たまにはスマートに受け流してやるのだ。
俄然、闘志に満ち満ちたフィアナは、エリアスが店に顔を出すのをソワソワと待ちわびた。キュリオの酒も、三杯目が空く。これまでのことから鑑みるに、そろそろエリアスが到着してもおかしくない頃合いである。
けれども閉店まで待っても、その夜エリアスは店に姿を見せなかった。
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