第2話 - 趣味

入学式の日に咲き誇っていた校舎の桜はいつしか色づくことを忘れ、

すっかり木々は緑一色となっていた。




短期留学のメンバー発表があった翌日、

16人の参加者のために交流会が催された。




メンバーは女子14名・男子2名ということもあり、

祥平は少し億劫に感じていた。




しかし祥平はいつしか留学に行くことなど忘れ、

由希と初めての接点を持てる機会になるんじゃないか、と淡い期待を寄せていた。

その上で、むしろ男子の数が少ないのであれば、ライバルも少なく好都合だとまで感じていた。




入学して3ヶ月弱が経過し、顔はどこか見たことあるものの、

名前がわからない人ばかり———そんな集まりだった。




無作為に着席した座席の順番で、一人ずつ自己紹介がてら名前とクラス、所属する部活動などを発表することになった。

中列に腰掛けていた祥平の番になるまで、そう時間はかからなかった。




「1年B組の内梨祥平です。野球部所属、趣味は...」




普段であれば「野球鑑賞」と話すところだったが、部活も趣味も野球づくしで面白くない男子と思われたくなかった手前、祥平は言葉に詰まった。

その後1秒に満たない時間が過ぎ、




「狭山池公園を散歩することです。」と続けた。




祥平の地元の隣町には狭山池公園という、一周およそ3kmほどの池を中心とした大きな公園があり、しばしば散歩に訪れていた。




主に野球部の仲間と夜な夜な訪れていたのだが、その度に散歩するカップルが楽しげに歩いているのを見かけて、




いつかは、俺も———

という淡い想いを抱いていた。




祥平の自己紹介が終わり、程無くして2つ後ろに座っていた由希の番になった。




「1年A組の橘由希です。中学校の時はバレーをやっていたんですけど、高校は部活に入ってません...趣味は———




内梨くんと同じなんですけど、、、夜、狭山池を歩くことです。」




祥平は、驚きのあまり席を立った。




—それは授業中寝ている時に、いきなり背後に教師の気配を感じた時のような、猛烈な悪寒に近い感覚だった。




由希は2つ前の席で勢いよく立ち上がった祥平の後ろ姿を見て、少し肩を震わせて静かに笑った。




自己紹介が一通り終わって、短期留学に関する具体的なスケジュールが公開された。




スケジュールは、オーストラリアに着いたらはじめの1週間を首都であるシドニーのホテルで過ごし、その後2週間はホームステイ、最後の3日間は再びシドニーのホテルで過ごす、というものだった。




行程を確認し、各々がああでもない、こうでもないという話に花を咲かせていたところでチャイムが鳴り、その日は解散となった。




教室から出ようとする由希に、祥平は勇気を振り絞って精一杯の小さな声でこう伝えた。




「また、狭山池で会えるといいですね。」

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いつも変わらない———そう言って君と指切りをした。 R. @r_nk

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