55.大切な思い出
女の子は嘘つきだ。
前に、愛ちゃんと静香ちゃんとで、そんな話をした事があった。
響君と、まだ恋人だった頃。
映画を見た帰りだったかな?
2人の女の子に好かれた男の子のお話。
女の子の方は、一人はしっかり者の女の子で、もう一人はおっちょこちょいな女の子で。
おっちょこちょいな女の子の方がヒロイン。
2人はピアノをやっていて、物語の終盤に別々のコンクールで開催日が一緒になっちゃうんだけど、その時にしっかり者の女の子が男の子に言うの。
『来なくていいよ。私なら平気だから。ほら、私が一人でも大丈夫って知ってるでしょ?』
って。
男の子は真に受けて『それもそうだな。頑張れよ』って言って、おっちょこちょいな女の子の方のコンクールに行く。
そして、男の子の前で見事金賞を取った女の子が男の子に告白して2人は結ばれる。
その映画を見て、愛ちゃんが憤っていた。
『何であれをそのまま鵜呑みにするのよ!』
静香ちゃんは笑いながら、
『女の子は嘘つきだから、言葉の真意を汲み取ってもらうのは男性には難しいかもしれませんね。青羽君とかどうなんです?』
と、私に話を振ってきて。
『響君はそういうの苦手そうね』
愛ちゃんは可笑しそうに笑って、
『‥私、響君に嘘ついた事ないけど‥ふふっ、でも確かに苦手そうかも。響君、真っ直ぐだから』
その時、私はそう答えた。
私は響君に嘘をついた事が無かった。
だけど、2回嘘をついた。
1回目は、ただのクラスメイトだと言った事。
2回目は——————
「美麗、出掛けるの?」
もうすぐ陽が沈み始める頃、出掛けようとする私にお母さんが声をかけた。
「‥うん」
「昨日倒れたんだから、今日くらいは家でゆっくりしてたら?」
「‥どうしても‥‥行きたいところがあるの」
私の目を見たお母さんが溜息をついた。
「あまり、遅くならないようにね?」
「‥うん、ありがとう」
昨日、私は熱中症で倒れてしまった。
目を覚ますと響君がいて、そこで私は一昨日から昨日にかけてずっと考えていた事を伝えた。
響君から離れると、響君は何か言おうと口を開きかけたけど、そこで看護師さんとお母さんが入ってきて響君は挨拶をして病室を出て行った。
入れ違いで愛ちゃんと静香ちゃんが入ってきて、2人にも心配かけちゃったな。
夏休み中にうちで勉強をする話があったから、その時にお菓子を作ってご馳走するね。
こまめに水分補給をしつつ駅に着いた。夏休み初日とあって駅前は賑やかで、辺りの喧騒の中に無意識に誰かを探そうとしてしまう自分を戒めるように一度目を閉じてゆっくりと開く。
電車に乗って、ドアの脇に立ちながら窓に目を向けると、陽が沈んでゆくのが見える。
綺麗なオレンジ色の光が段々と弱まって薄暗くなっていく光景は、一年前に電車の窓から見た景色と同じで。
「‥私も、忘れないと」
響君に忘れてと言ったんだから、私も忘れないといけない。
ちゃんと忘れないと、
目で追ってしまう。
声をかけたくなってしまう。
それに気付いた響君が辛そうな顔をしてしまうと分かっていても。
電車をおりて、自然公園の中を歩く。
清涼感のある風が頬を撫でた。
木々に囲まれた自然公園は少しひんやりとしていて、夜風が気持ちいい。
響君はキョロキョロしてたっけ。
「ふふっ」
思い出し笑いが口から漏れた。
さわさわと揺れる葉音を聴きながら丘の上へ向かって歩いて、視界が開けた。
一年前と同じ景色。
月明かりに照らされた夏の雪原‥‥星降りの丘。
「‥綺麗」
一年前と違うのは‥‥隣に響君がいない事。
響君は知ってるかな?
この雪のように白い星のお花は、薄雪草っていってね。
花言葉は‥‥大切な思い出
この場所で、
響君と初めてキスをして‥‥
『あのさ、美麗。約束するよ。俺は美麗を見失ったりしない‥‥けど、もし‥もしも見失う事があったとしても、絶対にまた美麗を見つけるから』
「っ‥‥っく‥‥響君の‥っ‥嘘つき‥」
忘れてほしいなんて、思うわけない
忘れる事なんて‥‥できるわけ‥‥ない‥
忘れよう。そう思う度に頭に浮かぶのは、
響君の喜んだ顔。
一緒に手を繋いで歩く時の楽しそうな横顔。
お弁当を食べて美味しいって言う時の嬉しそうな顔。
名前を呼んでくれる優しい笑顔。
「あい‥‥たぃ‥っ‥よぅ‥‥‥ひびきくん」
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