53.訂正してください
今日は朝から雨。
昨日からずっと降り続いている。
‥‥‥響君、風邪ひいたりしてないかな。
昨日は、‥‥我慢できなくて、泣いてしまって。
そのせいで、響君は傘を置いていってしまって、
‥‥ダメだな。私。
久しぶりに面と向かって話をした響君は、私が怖がっていたあの落胆したような表情はしていなくって、私に気を遣って傘を傾けてくれて。
記憶が無くても響君は、やっぱり響君で。
そうやって一度話をしてしまうと、優しくされてしまうと、
たとえ、もう手を繋げなくても
たとえ、もう頭を撫でてくれなくても
たとえ、もう抱きしめてくれなくても
たとえ、もう美麗と優しい笑顔で呼んでくれなくても
たとえ、好かれていなくても
傍にいたい。
そんな自分勝手な想いが顔を覗かせる。
響君には迷惑でしかないのに。
視線を窓から本に戻す。
今は休み時間で、気を紛らわすように本を読むのを再開すると、女の子3人組が私を見て笑っていた。
「あのブスでしょ?青羽君と付き合ってたのって」
「そうそう。青羽君と付き合ってた時は何も言えなかったけどさー」
「まあ、ブスなりにいい夢見れたんじゃないの?」
「言えてる。もう一生彼氏とかできないっしょ」
「彼氏のいないブスはただのブスって感じ?」
「何上手いこと言ったみたいな顔してんの?全然上手くないから」
「きゃははは」
私は、少しクラスで浮いている。
話をするのは、ほとんど静香ちゃんと。
2年生の時に同じクラスだった人は、どう接したらいいのか分からないような気まずそうな感じで、でも挨拶をすると返してくれる。
だから、独りでいた頃に比べれば‥‥
そう思うのは、独りでいる事に慣れてしまっていた頃の私よりも強くなったのか、弱くなってしまったのかは分からないけれど。
私は気にしないように、本を読み続けた。
「あっ、宇佐美さんだー」
「ねえねえ、宇佐美さん。私達と話そうよ」
「そうそう、いつもあんなブス構ってないでさ。私、宇佐美さんと話してみたかったんだよね」
暫くすると、さっきの3人が席を外していた静香ちゃんに話しかけていた。
私を孤立させたいんだと思う。
よく、そういう事はされていたから分かる。
3人は私を貶しながら話を進めていて、静香ちゃんを見ると困ったような表情をしていたので、
『私は、大丈夫だよ』
そう伝わるように静香ちゃんに笑いかけた。
静香ちゃんはとても優しいから、気に病んでしまわないように。
それに、静香ちゃんは私を友達だって思ってくれてる事はちゃんと分かってるから。
だから、大丈夫だよ。
そう思って笑いかけたんだけど、静香ちゃんは一瞬泣きそうな顔をして、俯いてしまった。
「そうだ、今週末の合コン宇佐美さんも来る?」
「いいじゃん、男側も一人増やしてもらおうよ」
「そこのクソブスなんかと一緒にいると男寄ってこないっしょー」
「青羽君も何であんなブスと付き合ってたのかねー」
「ひょっとして罰ゲームとかだったんじゃない?」
「私が男だったら罰ゲームでもやだよ、あんなブス」
「‥‥めて‥‥さい」
「え?何?」
「あっ、合コン来る気になった?今回はレベル高いよー」
「今度からはさ、あのブスは放っておいて私らと遊ぼうよ」
「私の友達に酷い事を言うのはやめて下さいっ!」
静香ちゃんのその声は教室中に響いて、クラスの視線を一点に集めた。
「私は、‥‥もう、間違えません。あなた達は最低です。人を貶めて満足するような人と、私は友達になんてなりたくありません」
3人のうちの1人が、そう言った静香ちゃんに向けて嫌な笑みを浮かべた。
「はあ?何このブスの肩持ってんの?そういえば知ってる?このブス昨日青羽君と一緒に帰ってやがんの。未練たらったら。ブスは必死だねー、捨てないでーって感じ?青羽君も青羽君で同情だろうけど、何で一緒に帰るかねえ。頭打ったから頭おかしくなったんじゃないの?あ、別れたとはいえそこのブスと付き合うくらいだから元々頭おかしいか」
その時、私は生まれて初めて、人に対して怒りを覚えた。
立ち上がって口を開く。
「訂正してください」
私の事は何て言われたっていい。だけどっ!
響君の事を悪く言うのだけは許せない。
「何、訂正って?あーそっか。ひょっとして付き合ってると思ってたのはお前だけだったとか?だったら訂正してやるよ。それなら頭おかしくはないね、頭いいよ。昼に弁当作ってたって聞いた事あるけど、昼代浮かせる為に利用してたとかね?まあ、私ならお前みたいなブスが作った弁当なんて不味そうで食べる気しないけど」
「私のお弁当は‥‥本当はあんまり美味しくないのかもしれません。‥でも、響君はっ、‥‥響君は、お弁当を食べる時、いつも、ちゃんと声に出して美味しいよって言ってくれる、そんな‥優しい人なんです。何も知らないのに、勝手な事言わないで下さい」
私はそう言って、その子の前に出た。
「うっざ!ブスが口答えすんな!キモいんだよ!」
すると、その子が手を振りかぶって———
パァンと乾いた音と一緒に頬に鋭い熱が刺した。
「ぅぐっ‥」
次に背中にも痛みが走って‥‥
叩かれた勢いが強くて、机にぶつかって倒れてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「えっ!?」
休み時間、浩二と話しをしていた。
俺は、もう相沢を傷つけたくなくて、少しでも思い出せるように浩二に昔の事を聞いていて、そこで白百合の驚いた声が聞こえた。
白百合の方を見ると、スマホを見て目を見開いていて、それからちらりと俺を見ると浩二に視線を移して近づいてくる。
「沢渡君、保健室に行くから先生には適当に何か言っておいて」
「うん。それはいいけど、何かあったの?」
「美麗ちゃんが殴られて保健室にいったみたい」
‥‥‥え?
「えっ!?大丈夫なの?」
「それを今から確かめに行くの。静香ちゃんからの連絡で付き添っているみたいだから大丈夫だと思うけど、放っておけない」
「うん、分かった。行ってきて」
「ありがと、行ってくるわね」
「大丈夫かな‥‥相沢ちゃん‥‥え?響?」
俺は、頭が真っ白になって何も考えられなかったけど、相沢の無事だけは確認したいと、教室を出た。
白百合が保健室へと入って行くのが見えて、追いかけて閉まった扉の前に立つと、中から声が聞こえる。
「美麗ちゃん、何があったの?」
「‥愛ちゃん。何でもないよ、私は大丈——」
「美麗ちゃん」
「‥‥頬を叩かれて、それで倒れて背中をぶつけちゃった。少し痛いけど、でも本当に大丈夫だよ」
「何でそんな事に‥‥」
「私が説明しますね」
‥‥この声は、宇佐美か。
「最初は、クラスの女子が美麗ちゃんに酷い事を言っていて‥‥それに私が噛みついたんです。そうしたら悪口がエスカレートして、青羽君の事まで馬鹿にされて、それには美麗ちゃんも怒って」
相沢が‥‥怒った?
「美麗ちゃんに言い返された事に逆上した女子が美麗ちゃんに手をあげたって流れですね‥」
俺のせいで‥‥相沢が‥‥
「そういえば、昨日青羽君と一緒に帰ってたって言われてましたけど、そうなんですか?」
「‥うん」
やっぱり、話したりなんてしなければ良かったんだ‥‥
俺と一緒にいると、相沢が傷つく。
昨日も傷つけて、今日も‥‥怪我までさせて。
‥‥‥ごめんな、相沢。
相沢が傷つくなら、俺の気持ちなんて、もうどうでもいい。
次に会っても話したりなんか、しないから。
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