51.恋慕


放課後を知らせるチャイムが鳴ると同時に、席を立ち上がり教室を出ようとする。すると、


「あ‥‥」


と耳に届いた声を、聞こえないフリをした。

昨日はつかまってしまったが、放課後に女子から遊びに誘われる事が増えた。

全て断っているが。


俺の記憶では、俺にそういう誘いをしてくるのは白百合くらいだったのだが、その白百合から遊びに誘われた事は新学期が始まって1ヶ月近く経つが一度も無い。


別に適当に遊びに行くくらいならいいとは思うんだが、何故か女子とそういう話をすると胸がモヤモヤとするというか軽い拒否感のようなものを覚える。




「ふう‥‥まだ来てないよな?」


屋上に着いて、手すりに腕を下ろして頬杖をつきながら昇降口から校門にかけての景色を眺めて、息をついた。


ルーティンといっていいのか分からないけど、数日前にたまたま屋上で、ある女の子の帰る姿を見かけてから毎日のように見る事が習慣になってしまった。


いつも寂しげに笑っている女の子。


相沢美麗。


多分だが‥‥俺と相沢は付き合っていた‥‥んだと思う。


俺を見て『ほんとに別れたんだ』といった噂話というか囁きとかが耳に入ったり、新学期当初に相沢の事を聞かれたりしたのを合わせて考えると、そういう事なんだと思う。


あの日、相沢が言った、

『私は‥響君の、彼女』

という言葉は、きっと冗談でも何でも無かった。


だったら、相沢は一体どんな気持ちで、ただのクラスメイトだと言ったのだろう。

そして、俺の言葉はどれだけ相沢を傷つけたのだろう。


機会があればまた話をしたいと思っていたが、話さない方がいいのかもしれない。

相沢についての記憶がない俺の言葉は、きっと何を言っても相沢を深く傷つけてしまう。


だから、相沢の事は気にしないようにと。そう考えても、思えば思うほどに相沢の事ばかりを考えてしまって、今日も俺は屋上へと来てしまった。


「何やってんだろうな‥‥」


ぼんやりと昇降口を眺めながら溜息を吐いた。




屋上の扉が開く音がして、そっちに目を向けると、浩二が「やっほー」と言いながら歩いてきて俺の隣に並んだ。


「やっぱりここにいたんだ」


そう言いながら手摺りに背を預けて空を眺める浩二に、視線を向ける。

すると浩二は疑問符を浮かべながら見返してくる。


「俺って相沢と付き合ってたんだよな?」


浩二が息を呑んだのが分かった。

多分浩二はこの話題を避けていたはずだから。


「‥‥‥うん」


「その時の俺って、どんな感じだったんだ?」


浩二は「よっ」と言いながら姿勢を正面に変えて、俺と同じように手摺りに腕を置いて遠くを見るような目をした。


「相沢ちゃんと付き合ってた時の響はさ、自分が世界で一番幸せだって顔してたよ。相沢ちゃんもそれは同じで、それを見てるとこっちまで何故か幸せな気持ちになるんだよ」


そこでクスリと笑うと


「それに、うんざりするくらいに惚気てきたね」


そう付け加える。


「俺が?」


「うん、響が」


想像もつかない。

恋愛的な意味で人を好きになった事が無かった俺が、恋人を作って浩二に惚気話か。

そもそも誰かを可愛いと思った事すらないんだが。




視界の隅に昇降口から誰かが出てきたのが見えて、視線を戻すとそこには白百合と宇佐美と‥‥相沢がいたのだが、その相沢を見て、俺の思考は完全に止まった。


「あの3人、ほんとに仲良いよね。GWはいいんちょーのお姉さんの車でキャンプに行くらしいよ‥‥‥ほんとは俺と響も行く予定だったんだけどね」


浩二の言葉が後半の呟きも含めて俺の耳に入る事なく通り過ぎる。


「‥‥‥‥あのさ、浩二」


「ん?」


「相沢って可愛くないよな?」



俺がそう言った瞬間、浩二に胸倉を掴まれた。



「‥‥可愛くないだと‥‥‥」


浩二を見ると、見た事もない程に怒っていて


「ふざけんなよっ!響はっ!響だけはっ!それを言ったら駄目だろうがっ!!」


浩二は表情こそ怒ってはいるが辛そうな目をしていて、ゆっくりと腕をおろすと、


「‥‥ごめん。頭冷やしてくるね。今日はもう帰るよ」


そう言って、屋上を出て行った。



浩二が怒った理由は何となくだけど理解できる。


たださ、違うんだよ、浩二。

俺が言いたかったのは、相沢は一般的には可愛い方ではないはずだよな?という確認であって。



白百合と宇佐美と一緒に、

本当に楽しそうに笑う相沢の笑顔は———




「‥‥可愛いな」




無意識に言葉が出た。


自分がそう言った事に気付きもせずに、俺は相沢が見えなくなるまで、目が離せずにずっと相沢の事を眺め続けていた。



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