49.愛情
「じゃあ、白百合。前に出てこの問題を解いてみろ」
「はい」
4限目の数学の授業を聞きながらノートと教科書に目を落とす。
高3になって2週間。学年が変わって、学ぶ範囲も変わったが、2年で習った範囲も含めて覚えていないはずなのに理解ができる。
不思議な感覚だ。そもそも、俺はこんなに勉強出来たっけか?
記憶の一部が無くなって何か学校生活に支障が出るかと思ったが、特に何事もなく日々を過ごせていると思う。
何かあるとすれば、朝の6時に勝手に目が覚めてしまうので1時間だけ2度寝をする変な習慣がついたのと、後は食事くらいか。
寝るといえば、泣いている女の子の夢を頻繁に見るけど、それが誰なのか分からない。
ただ、起きると悲しい気持ちになっている‥‥何に対する悲しみかも分からないのに。
食事の方は、学食が‥‥な。
学食で食べる飯はいつも通りの味のはずなんだけど、どこか味気なく感じて、気のせいだと思うようにしても1週間で我慢出来なくなって母さんに聞いてみた。
『なあ、母さん。俺ってひょっとして昼は弁当とか食ってたか?』
そう聞くと母さんは物憂げな表情を浮かべて『そうね』と返した。
何でそんな表情をするのか分からなかったが、弁当を作ってくれないか頼んでみると承諾してくれたので、今日は弁当持参だ。
それと、学校生活でという話ではないが相沢の事がずっと気にかかっている。
クラスが違うので話す機会も無いのだが、さようならと告げた相沢の姿を思い出すだけで、酷く胸が苦しくなる。
新学期当初に同じクラスとなった顔見知りの何人かから相沢の話題を出された事もあったりして、俺と相沢は結構仲が良かったのかもしれない。
記憶が飛んで憶えていないと言うと、誰もが複雑な顔をして、誰もその事については触れなくなった。
「よし、今日はここまでだな」
気付けば授業が終わって、教師がそう言い教室を出て行った。さて、飯の時間だ。
浩二が席を立って歩いてくる。
「響、今日も学食?」
「いや、今日は母さんに弁当作ってもらって持ってきた。浩二は学食か?」
「えっ!?お弁当?うん、俺は学食だけど‥」
「んじゃ、弁当は学食の席で食うかな。行こうぜ」
そうして学食へとついて、唐揚げ丼を持ってきた浩二が席についてから弁当の包みを開く。
すると、浩二が驚いているような悲しんでいるような何か変な表情をした。
「そのお弁当箱‥‥」
「ん?弁当箱がどうした?」
「‥‥ううん、何でもない。響のお母さんが作ったんだっけ?」
「ああ、我が家はスタンダードに料理を作るのは父さんではなく母さんだが」
「そっか‥‥」
浩二の様子がどこかおかしいが、腹が減ったので弁当箱を開く。
「お、鰤大根だ」
名前は良く聞くが、食べた事は無かったから食ってみたかったんだよなこれ。
汁が溢れて他のおかずにいかないように、ちゃんと仕切りもされている。
わりとガサツな母さんらしからぬ気遣いだ。
他のおかずも彩り豊かで、栄養バランスとかも考えられてそうな気がする。
とりあえず一番最初に目についた鰤大根から箸を運ぶ。そして、口に入れた瞬間、目を見開いて
「は!?美味っ。何だこれ」
思わず声にも出た。
本当に信じられないくらい美味い。
今まで食べたものの中で一番かもしれない。
大袈裟かもしれないが、それくらい美味しい。
「うん、美味しいだろうね」
「浩二も食ってみるか?」
「ううん、俺はいいよ。響がちゃんと全部食べてあげて」
「言われなくても全部食うよ。マジで美味い」
他のおかずにも箸を運ぶが、そのどれもが手が込んでいてめちゃくちゃ美味かった。
「何か、響のその表情久しぶりに見た気がする」
「ん?どんな表情だ?」
「幸せそうな感じの」
そう言って嬉しそうに笑う浩二は
「‥‥やっぱり、響を笑顔にできるのは相沢ちゃんしかいないんだよ」
何かを小声で呟いていた。
学校が終わって家に帰ると、早速母さんにお礼を言う事にする。
「母さん、弁当めちゃくちゃ美味かったわ。ありがとう」
俺は上機嫌に、母さんに食べ終わって空になった米粒一つすら残っていない弁当箱を渡すと、母さんも
「そりゃあ美味しいに決まってるじゃない」
と笑顔で上機嫌に返す。そのまま冗談半分で
「夕飯より弁当のが美味かった気がするよ」
そう言うと、母さんは声をあげて笑い出した。
「あっはははっ!あったり前じゃない。夕飯は家族の為に作ってるけど、そのお弁当は響に喜んでほしいって、響に美味しいって言ってほしいって、そういう願いが込められて作ってあるからね。入ってる愛情の質が違うのよ」
「お、おう」
息子の弁当にそこまで愛情込められても困るんだが。だが、間違いなく美味い事は確かだからな。
「明日もよろしく」
と、お願いをした。
母さんとの会話を切り上げて部屋に入り、制服を脱いで部屋着に着替える。
クローゼットには見覚えのない服も増えていて、その中から白い毛糸のセーターを取り出した。
模様が少し曲がったりしている、どこか不恰好なセーターだが、まだ夜になると部屋にいても冷える今の時期にこのセーターを着ると、暖房をつけたりするよりも温かい感じがして好んで着ている。
袖を通して、
「やっぱり温かいな」
胸のあたりがぽかぽかとして温かい気持ちになるのを感じながら、机に並んでいるかなりの数の参考書が目に入って、何となく勉強をする事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます