48.大丈夫
私の誕生日から、1ヶ月が経った。
「‥桜‥‥散っちゃったな‥」
駅前にある一本の桜の木に近づいて見上げる。
数日前に吹き荒れた春の風が、満開の桜の花弁を踊るように舞い散らせて、今は寂しい姿となってしまった桜の木に触れた。
「‥お疲れ様。また咲くのを楽しみにしています」
桜の木から手を離して、スマートフォンで時間を確認する。
時間を示す数字の背景に写る、満開の桜を背に笑う愛ちゃんと、静香ちゃんと、私。
その写真に頬が緩んだ。
「‥ちょっと時間早かったかも」
朝の6時。澄み切った朝の空気の中、春の日差しを感じながら普段よりも少しゆっくりと歩いて‥
私は、響君の家へ向かっていた。
私の誕生日、病室を出た私は病院を出る前に倒れてしまったらしく、前日に入院していた病室へと逆戻りした。
風邪を引いていたみたいで、それが身体が弱っていて免疫力も低下していた事もあって悪化してしまい、それに足の怪我も加わって、そのまま1週間も入院する事になってしまった。
入院中に、響君の状態を知った愛ちゃん、静香ちゃん、沢渡君がお見舞い来てくれたけど、心配をかけないように『‥私は大丈夫だよ』と笑いかけると、逆に悲痛な顔をさせてしまって‥‥
入院している間、一人になるといつも泣いていたから、赤くなってしまっている目で強がっているのがバレバレだったんだと思う。
退院してからの春休みは愛ちゃんと静香ちゃんが毎日のように遊びに誘ってくれた。
お弁当を持ってお花見に行ったり、映画を見に行って帰りに喫茶店で感想を話し合ったり。
カラオケに行った時は、私がカラオケに初めて来たと言ったら2人とも目を丸くしてビックリしていた。
歌ってみると、お世辞かもしれないけど、すごく上手だって褒めてくれて。
‥‥愛ちゃんはお世辞とか言ったりしないから本当に褒めてくれたのかもしれない。
そんな春休みも終わって4月になり、3年生になった。
響君とは違うクラスで、私は静香ちゃんと同じクラス。
響君は愛ちゃんと、沢渡君と同じクラス。
クラス発表の掲示板を見て、私は少しだけ‥‥ほっとしていたのかもしれない。
私は、あの私の誕生日の病室で響君と話して以降、響君と話していない。
響君のスマートフォンは、階段で壊れてしまったみたいで、今の私は響君にとって彼女でもなく、友達でもなく、もうクラスメイトですらない。
だから、響君の新しい連絡先も知らない。
今でも自分の部屋で一人になるとメッセージアプリの、もう届く事は無い響君とのメッセージ履歴を開いて泣いてしまいそうになる事がある。
もう戻らないかもしれない響君の記憶。
だから、その履歴には、もう戻れないかもしれない響君との忘れられない日々がいっぱい刻まれていて‥‥
「美麗ちゃん」
声が聞こえてハッとする。
私は暗くなりかけていた表情を戻すように頬を軽く叩いて、すぐに笑顔で手を振っている声の主の元へと駆けつけた。
「‥早苗さん、おはようございます」
「うん、美麗ちゃん。おはよう」
早速私は鞄を開けて、中の包みを取り出す。
「‥早苗さん、これ今日のお弁当です」
早苗さんにお弁当を渡して、今渡したものと同じものだけど空になったお弁当箱を受け取る。
これは、2日前に早苗さんから連絡が来た事がきっかけだった。
響君が学食を食べて何か物足りなさを感じたらしく、早苗さんにお弁当を用意できないか聞いたみたいで。
それで、早苗さんがお弁当を作ってみるからって事で、私に普段どんなものを入れていたか聞かれたんだけど、その時私は無意識に
『‥あの、お弁当、私が作ってもいいですか?』
こう言っていた。
だけど、このお弁当は早苗さんが作った事にしてもらっている。
私がお弁当を作っていると知ったら、響君は食べてくれないかもしれないから。
「昨日帰ってきてから、お弁当めちゃくちゃ美味かったって笑顔でお弁当箱返されたわ。前みたいに無愛想になった響がよ?」
「‥ふふ、それなら良かったです」
私にはあまり想像つかないけど、響君は前はずっと無愛想な感じだったらしい。
早苗さんと2人で笑い合い、ふと早苗さんは悲しげな顔になった。
「‥‥‥ねえ、美麗ちゃん。やっぱり会うのは怖い?」
「‥‥はい」
早苗さんには、あの日の病室での事を少しだけ話した。
本当は会いたい。
手を繋ぎたい。
頭を撫でてほしい。
抱きしめてほしい。
美麗って優しい笑顔で呼んでほしい。
でも、もう‥‥そんな事を望んだり出来ない。
私が彼女だったと知った響君に、もし、またあの落胆したような顔を向けられたら、
他の誰でもない、響君に拒絶されてしまったら、
きっと私の心は壊れてしまうから。
「記憶が無いとはいえ、もし、美麗ちゃんに酷い事言ったら、実の息子だろうがボコボコにぶっ飛ばしてやるんだから。だから何でも言ってね」
そう言って私を抱きしめてくれた早苗さんは温かくて
安心できて
陽だまりのような優しい匂いが響君に少し似ていて
それが、辛くて。
私は、胸の痛みを誤魔化すように
「‥私は、大丈夫です。そろそろ行きますね」
笑顔を作って、お辞儀をして響君の家を後にした。
学校に着いて教室に入ると、静香ちゃんがすでに席に着いて本を読んでいた。
「‥静香ちゃん、おはよう」
「美麗ちゃん、おはようございます」
静香ちゃんは本を閉じて鞄に仕舞うと、
「それでは行きましょうか」
と立ち上がる。
響君との朝の日課だった花壇のお世話は、静香ちゃんとの日課に変わった。
「そうだ、美麗ちゃん。この前見つけたケーキ屋さんの、とても美味しかった春の期間限定ケーキが今週で終わってしまって、来週にまた新作を出すみたいなんですが、終わる前にまた食べに行きませんか?」
「‥うん。美味しかったから、私もまた食べたかった。今日行ってみる?」
「はい、今日行ってみましょう」
「‥分かった。愛ちゃんにも聞いてみるね」
教室を出て、静香ちゃんとそんな話をしながら並んで歩いていると、突然静香ちゃんが立ち止まって心配そうな顔をする。
「美麗ちゃん、‥‥大丈夫ですか?」
「‥え?うん、大丈夫だよ」
笑顔で、そうこたえた。
「‥あ、そういえば前に面白いって教えてもらった本なんだけど———」
話題を変えて、花壇へと向けて歩き出す。
私は、大丈夫
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