44.謝罪
目が覚めると、白い天井が目に入った。
私の部屋ではない、見覚えのない天井。
あれ?私は———
「美麗っ!?良かった‥」
「‥え?お母さん?」
身体の沈み込むような感触で、私はどこかのベッドに寝かされているんだと分かった。
それで、現状を確認するためにベッドから上半身を起こすと、それと同時にお母さんに抱きしめられた。
何で、こんな事になってるんだっけ?
寝起きで、よく回らない頭で考える。
‥‥今日私は、
朝いつも通りに学校に行って、
いつものように花壇のお世話をして‥‥
4限目の化学の実験のために、
化学実験室に向かって‥‥
そこで‥‥っ!
「響君!響君はっ!?」
ここがどこかは分からない。
だけど、焦燥感に駆られて居ても立っても居られなかった。
ベッドから抜け出そうとする私を、お母さんが抱きしめて離さない。
「美麗、落ち着いてっ!」
「響君は!?響君はどこっ?」
「美麗。ね、落ち着いて。お願い」
「離して!」と暴れようとする私を、お母さんはずっと力強く抱きしめ続けた。
背中をさすってくれて、
気持ちが少しづつ落ち着いてきた。
「‥‥ごめんなさい。もう大丈夫。でもっ‥」
「うん。ちゃんと説明するから」
そこからお母さんは、順を追って今までの事を話してくれた。
響君と私は、あの後救急車で運ばれた。
私は気を失ってしまったらしい。
学校には警察もきて、階段で私を押した人は警察に連れていかれた。
学校からの連絡を受けて、お母さんは病院に駆けつけた。
早苗さんも駆け付けていて、一度私の様子を見に来たみたいで、そこで響君の話を聞いた。
響君は頭の怪我の治療をしていて、その後に精密検査を受ける事になっている。
私は見たところ怪我はしていないようだったので、目が覚めてからお医者さんの問診を受ける事になっていて、何もなくても今日は念のため1日入院する事になる。
話を聞き終わったところで走ってくるような音が聞こえて、
「美麗!無事かっ!?」
息を切らせたお父さんが入ってきた。
「‥うん。私は大丈夫」
‥‥そう、私は‥‥‥‥だけど‥響君は‥
「うっ、うぇぇぇ‥‥」
そこで私は、目を開かない響君の頭から広がってゆく赤いものを思い出し、
吐いた。
お医者さんの問診を受けた。
私はどこも痛くない。
響君が守ってくれたから。
でも‥‥そのせいで‥‥私のせいで、響君は‥
その後に、警察の人が話を聞きに来た。
お父さんも付き添って病院の中庭に場所を移して話をする。
知らない男の人の名前を出されて、交流があったかと聞かれたので、名前も初めて聞いた答えた。
ひょっとしたら私を押した人の名前なのかもしれない。
押された時の事を詳しく聞きたいと言われて、またあの時の事を思い出してしまい、口元を押さえてしゃがみこむ。
私は‥‥私自身を、どこか一歩引いたところで客観的に見ているような、そんな錯覚を覚えた。
今、響君のために何もする事ができない自分の無力感と後悔に苛まれて、肩を震わせて嗚咽に耐える姿が酷く滑稽に映り
そんな私に向けて、私は口を開いた。
「‥私が‥一人で‥階段から落ちていれば良かったのに」
気がつくと、警察の人はいなくなっていた。
お父さんが背中をさすってくれている。
「‥もう、大丈夫」
立ち上がり、歩き出そうとしたらよろめいてしまい、お父さんに肩を支えられながら病室へ戻ると、お母さんにさっきまで早苗さんが来ていたと聞いた。
響君の治療と検査が終わって病室に移されたと聞いて私は病室の場所を聞き、付き添おうとするお父さんとお母さんに一人で行きたいと告げてすぐに駆け出した。
響君の病室の前についてノックをする。
動悸が止まらない。
手をギュッと握ると汗をぐっしょりとかいていた。
「どうぞ」
と、早苗さんの声が聞こえて病室の扉を開く。
早苗さんがベッドの隣の椅子に座っている。
ベッドを見ると、そこには、
目を閉じた響君が寝かされていて、頭には包帯が巻かれていて‥‥
その姿を見た私は、自分の身体から血の気が引いていくのが分かった。
力が抜けて立っていられなくなり、膝から床に崩れ落ち、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめっ‥っ‥さ‥い‥わだじのせいで、ひびぎぐんが‥っ‥ごめ‥っなさい」
と、目から零れるものを拭う事もせずに、そのまま土下座するように響君と早苗さんに謝り続ける事しかできなかった。
「美麗ちゃん、頭を上げて。美麗ちゃんが謝る事なんて何にもないんだよ」
そんな私を早苗さんは抱き上げるようにして立ち上がらせると、椅子に座らせた。
俯いた私に
「美麗ちゃん」
逸らす事は許さないというように目の高さを合わせて力のこもった目で、早苗さんが私を見る。
「‥はい」
目を合わせると早苗さんは笑顔になって
「この子、階段から突き落とされた美麗ちゃんを庇ったんだってね」
そう言って、ベッドで眠っている響君の手を握った。
「まったく寝坊助なんだから。早く起きないかしら。よくやったって褒めてあげないと」
早苗さんが優しい顔を響君に向けてから、私に視線を戻す。
「だから美麗ちゃんも、響が起きたらごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言ってあげてね」
その言葉に何も返せずに、ただ私の膝をぽたりぽたりと落ちて来る雫が濡らしてゆく。
すると、温かいものに包まれて
「響なら大丈夫だから。大丈夫」
私の涙が枯れるまで、早苗さんはずっと抱きしめてくれた。
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