43.悪意 ※注意書きあり



※注意書き


今話より鬱展開が続きます。

甘々好きな読者様、すみません。


——————————————————






「‥さようなら、青羽君」






背を向けたと同時に涙が溢れた。



私はどこか、期待していたのかもしれない。


いつものように優しい声で、

いつものように優しい笑顔で、


響君が私の名前を呼んで、呼び止めてくれるんじゃないかって。



でも、聞こえるのは私の歩く音だけで。


これは夢であってほしい。

夢なら早く覚めてほしい。


そう願っても、


一歩、また一歩と踏み出す度に走る刺すような足の痛みが、これは現実であると残酷に突き付ける。




私の誕生日は、涙で染まった。










それはよくある話。



とある女の子が、男の子に恋をした。



そんな、ありふれた話。



だけど、その男の子には彼女がいて、


女の子は告白したが振られてしまう。



ここまでは知っていた。


その男の子‥‥響君はモテるから。


相手は美化委員の一年生の女の子。

私も知ってる、修学旅行の時に花壇のお世話をお願いした女の子。


響君は隠し事が苦手だから、彼女‥‥私にその事を伝えてくれる。

そして、その後に


『俺が好きなのは美麗だけだから』


そう言って、優しく頭を撫でてくれる。


そこまでが、いつもの話。




だけど、今回のお話には続きがあった。


その振られてしまった女の子の事が好きな男の子がいた。


泣いてしまった女の子を見て、その女の子の事が好きな男の子は振った男の子を憎んだ。




後で聞いた話だけど


『俺の大切なものをお前は傷つけた

だから俺もお前の大切なものを傷つける』


こんな手紙が響君に届いていたらしい。

ひょっとしたら、あの時の紙かもしれない。


それで、響君は私の事をずっと注意して見ていてくれたから‥‥あの時、間に合ったのかな。


でも、こんな事を言ったら響君に怒られちゃうかもしれないけど、


響君がこんな事になってしまうくらいなら、私は‥‥







その日、いつも通りに私達は登校していた。




3月になり、朝陽に目を細めながら桜の木を見上げると、桜の蕾がふっくらと色付き始めている。


「‥もうすぐ3年生だね」


「その前に、美麗の誕生日だけどな。お返し込みだから期待してくれ」


そう言って響君は、楽しみで仕方ないといった風に笑う。


私の誕生日は3月14日。ホワイトデーだ。


響君は隠してるつもりみたいだけど、私と同じく隠れてアルバイトをしている。

だけど私は知らないフリをしている。


本当は響君と一緒に過ごせれば、それだけでいいと思った。

だけど、そこで思い出した。響君の誕生日の時、響君も同じ事を言ってたなって。

私と一緒に過ごせるならそれだけでいいって。


そこで私はアルバイトをして響君おもてなし計画を立てたんだけど‥‥響君も同じ事を考えてくれているのが嬉しかった。



「‥うん、楽しみ」


「俺も今から楽しみだよ。絶対に似合‥‥っと、いや、何でもない」


でもね、響君。無理はしないでね。

たまに眠そうにしている響君を見ると心配になる。

高い物なんていらない。私はただ響君と一緒にいられれば、それがこれ以上ないくらいに幸せなプレゼントになってるから。




靴箱に着いて上履きに履き替えると、響君は靴箱を開けたまま険しい顔をしているように見えた。


「?‥響君、どうしたの?」


そう声をかけると、すぐに響君はいつもの優しい顔になって、首を横に振った。


「いや、何でもないよ」


その時、何か紙のようなものをポケットに入れた気がしたけど気のせいかな?




静香ちゃんに朝の挨拶をして、いつものように花壇のお世話を始める。

スイートピーがもうそろそろ咲きそう。

これは響君が10月に種を植えたもので、響君も咲くのを楽しみにしている。


「‥響君。スイートピーがもうすぐ‥響君?」


声をかけながら響君の方を向くと、キョロキョロと辺りを見渡していた。


「あ、悪い。どうした?」


「‥響君こそ、どうしたの?」


そう言って首を傾けると、響君はふっと肩の力を抜くようにして微笑みながら私に近づくと、そのまま抱きしめた。


「ぁ‥土いじりしてたから、汚れちゃう」


手が内側に入っちゃったから響君の制服に土がついちゃったかもしれない。

だけど、響君はそれを気にせずに口を開いた。


「美麗。美麗の事は、何があっても俺が絶対に守るから」


「?‥‥うん」




花壇のお世話が終わって教室に戻ると、響君は沢渡君の席の方に行って、


「浩二、話があるんだけど今いいか?」


「んにゃ?大丈夫だよ。なになに?」


「悪い。ちょっとついてきてくれ」


そんな話をして教室を出たけど、教室の外の私から見えるところで浩二君と話し込んでいる。

2人とも真面目な顔をしていて‥‥やっぱり響君の様子が学校に着いてから何かおかしい。

教えてくれないかもしれないけど、お昼休みのご飯を食べている時に何かあったのか聞いてみよう。



3限目が終わった時に、次の授業の準備をしていると、静香ちゃんが私の席に来た。


「美麗ちゃん、次の化学は化学実験室なので一緒に行きましょう」


「‥うん、一緒に行こ」


笑顔で返事をして、静香ちゃんは周りにも

「次は化学実験室ですよー」と声をかけてから私の隣に並んだ。


「もうすぐ美麗ちゃんの誕生日ですね」


「‥うん。決まったの?」


「はい、決まりました」


「‥ふふ、楽しみ」


「ふふふ、確実に泣かせます」


静香ちゃんの誕生日は2月にあって、事前にお互い持っていないお薦めの本を送り合おうという話をしていた。

静香ちゃんの誕生日に私が送った本は、私が間違いなく泣けると確信した恋愛小説。

次の日に学校で目を真っ赤に腫らしつつ目の下に隈を浮かべた静香ちゃんに『仕返し、楽しみにして下さいね』と笑顔で言われた。


そのまま静香ちゃんと選考からは漏れたけど面白い本の話をしながら化学実験室へと向かって行く。


化学実験室は一階にあって、私達2年の教室は三階にあるから階段へと差し掛かって降りてゆく。


二階まで降りて階段の踊り場で曲がり、また階段に足を踏み出そうとしたその時




誰かに後ろから、背中を強く押された。




「‥‥ぇ?」



ふいに襲いくる浮遊感に、恐怖よりも先に感じたのは疑問だった。


何で?

どうして?


極限状態になると脳内の情報処理速度が上がって、体感時間と実際の時間にズレが生じる。

つまり実際の時間が遅く感じる。

という話を聞いた事がある。


それを今、私は自分で体感していた。


スローモーションのようにゆっくりとした時の中で



「美麗っ!!!!!」



大好きな人の声が聞こえた。


響君は、私の身体を包み込むようにして、私の下に身体を滑り込ませた。


優しく、優しく、まるで大切な宝物を壊さないようにふわりと頭と背中に手をまわして、


響君の顔を見ると、


「良かった。間に合って」


確かにそう言って




笑った。








何かが強くぶつかるような嫌な音と、

「うっ、ぐ」

と呻く声が耳に残る。

だけど、絶対に離さないとばかりに回された手の力が強くなって、



音が止むと、私の頭と背中から

温もりが滑るように落ちていった。




私はすぐに起き上がった。


そこにいるのは、目を開かない響君。


響君の頭から、床に赤いものが広がっていく。


何で?


私が階段から落ちてしまって、


それを響君が庇ってくれたから。


私のせいだ。


私のせいだ。


私のせいだ。


私のせいだ。


私のせいで


私のせいで


私のせいで



響君が



死———



やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ




「嫌ぁぁぁぁぁぁあああああああああ」





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