42.ばれんたいんきっす
今日は何の日?
今日は土曜日。
そして‥‥‥バレンタインデー。
今まで、私はお父さんにしかチョコレートを渡した事は無かった。
だけど、今日は‥‥
朝から気分が高揚し過ぎて気持ちが落ち着かなかったので、ランニングなんてしてみたりした。
今は流した汗をシャワーで流しているところ。
ランニングで火照った身体をクールダウンさせて、冷えたところでまた浴びる熱いシャワーが心地いい。
だけど、気持ちはまだ落ち着かずにぐるぐると思考が回る。これは、昨日の夜に見たバレンタイン特集のサイトが原因だと思う。
昨日の夜に、明日響君を家に呼ぶと言ったらお父さんとお母さんが急にバレンタインは朝から出掛けて夜まで帰ってこないと言い出した。
バレンタイン当日は家に誰もいない状態で、私の部屋で響君と2人きりという事になってしまう。
部屋に戻って、ベッドの上に座ってクッションを抱きながら
「‥響君」
愛しい人の名前を呼ぶ。
あれについては、高校を卒業してからという話をした事があった。
だけど、最近の私は欲張りになってしまった。
響君に触れたい。響君に触れてほしい。
私はきっと響君に求められたら拒めない。拒まない。
明日、部屋で2人きりになったら、そういう雰囲気になってしまう事もあるかもしれない‥‥
ダメダメっ
無意識にそっちの方に引っ張られた思考を切り替えるように首を横に振る。
明日は響君に喜んでもらいたい。
響君が喜んでくれたら、私も嬉しい。
今日、お母さんに教えてもらった料理を食べてくれるのも楽しみだし、何より
私の作ったチョコレートを食べて『美味しい』って言って笑う響君を想像して、
「ふふっ」
幸せな気持ちになった。
そこで私はもっと喜んでほしくてバレンタインの部屋での彼氏との過ごし方についてネットで色々と調べてみた。
‥‥‥‥‥‥ぇ
自分の胸にチョコレートを塗って、
リボンを巻いて、
召し上がれ‥‥?
無理無理無理無理っ
絶対に無理ッ!
ネットをあてにするのはダメかもしれない。
そう思いながらもバレンタインの特集サイトを読み進めていって、
これなら‥‥出来るかな?
というものがあった。
それは、名前を呼んでからチョコレートを咥えて目を閉じるというもの。
ネット情報を全て鵜呑みにするわけではないけれど、これがサイト内での単位であるラブラブ度数が一番高い。
男性への彼女にやってもらったら嬉しいかのアンケートでも、嬉しいがほとんどを占めている。
‥‥響君も嬉しい?
響君が喜ぶ姿を想像して
うん。やってみよう。
そう思った。
シャワーを止めて身体を拭いていく。
確かに昨日の夜はそう決心したけど、朝になって冷静に考えてみると、それは一歩進んだキスを私から求めているようで‥‥
は、はしたないって思われたりしないかな!?
大丈夫かな‥‥
うぅ‥どうしよう。
考えがまとまらないうちに、気付けば響君が来る時間が迫っていた。
あっ、お昼ご飯の準備しないと!
「美味い!ほんとにめちゃくちゃ美味しい」
「‥ありがとう。ふふっ」
響君が美味しそうに料理を口に運ぶ姿を見て、頬が緩むのを止められない。
私は響君が私の料理を食べてくれるのを見るのが好き。
美味しそうに食べてくれるから、作った私も嬉しくなる。
今日はグラタンを作ってみたけど、美味しく作れたみたいで良かった。
「美麗はそれで足りるのか?」
響君が私の分の小さなお皿を見て、少し心配そうに声をかけてくれた。
だけど‥‥これは‥‥
「‥味見を‥‥沢山しちゃったから‥」
早苗さんに響君はグラタンも結構好きだと聞いて、昨日お母さんに教わったばっかりだったから。
食器片付けたところで、響君には先に部屋へと入ってもらった。
紅茶をいれて、冷蔵庫に入れておいた手作りのトリュフチョコレートを買っておいた綺麗な箱に盛り付けていく。
ホワイトチョコで周りをコーティングしてからピンクのチョコでハートのデコレーションをしたのが一番の自信作。
だけど、少し甘すぎるかもしれないから色々な種類を用意しちゃった。
響君はどれが好きかな?
トレイに紅茶とトリュフチョコレートを盛り付けた箱を置いて部屋に入った。
えっと、バレンタインって渡す時に何て言えばいいんだろう?
「‥響君、ハッピーバレンタイン?」
私がそう言うと、響君は可笑しそうに笑った。
「何で疑問系?」
「‥こういう時ってなんて言うのかなって」
「あー‥確かに分からないかも。ハッピーホワイトデーとかも言ってるの見たことないし」
でしょ?と私も笑いながらテーブルにトレイを置いて響君の隣に座った。
だけど、この位置じゃなくて‥
響君を見上げると、察してくれた響君が座ったまま少し後ろに下がった。
私は腰を浮かせて響君の前にちょこんと三角座りをしてから背中を響君の胸に預ける。
響君はそのまま後ろから腕をまわして抱きしめてくれた。
この姿勢が2人きりでいる時の私の1番のお気に入り。響君に包まれているみたいで安心できるから。
響君の温もりを感じながらチョコレートを見る。手を伸ばせば届く位置にチョコレートを置いたけど、食べないのかな?
私がそう思った時に響君が口を開いた。
「美麗。俺、バレンタインに本命チョコをちゃんと受け取るのって初めてなんだ」
「‥‥ぇ?」
そう‥‥なんだ。私が初めての‥その、彼女だって話は聞いてた。だけど‥
響君はたくさん貰った事があると思ってた。
『ちゃんと』という事は、今まで渡された事はあるんだと思う。
だけど、響君は受け取らなかった‥のかな。
もし、そうなら。その人達には申し訳ないけど‥‥嬉しいって、そう思ってしまうのはいけない事かな?
でも‥‥やっぱり‥‥嬉しい。
「だからさ、最初の1つは美麗が食べさせてくれたら嬉しい‥‥と、思ったり。ダメか?」
ダメなわけない。
振り向くと響君の顔は赤くなっていて、耳も真っ赤になっていて、その姿が、ただただ愛おしかった。
私はチョコレートを1つ手に取ると、姿勢を響君の方へと向けて
「‥響君」
名前を呼んで、チョコレートを咥えて、そっと目を閉じた。
「美麗‥‥」
響君が私の名前を呼んで‥‥目を閉じていても、響君の顔が近づいてくるのが何となく分かった。
心臓の音がどんどん早く大きくなってゆく。
そっと
私の唇に、響君の唇が触れた。
最初は少し触れただけ。でも、それは次第に深く、深く、深く、2人の間でチョコレートが溶けあって、絡み合って、混ざり合ってゆく。
「‥‥んっ‥‥ぁ‥ん‥‥ぁ‥」
私が咥えていたのは甘くて苦いビターチョコレート。
でも、苦味なんて全然感じなくて
それは甘くて甘いキスでした。
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