39.おおみそか


もう22時過ぎだというのに人通りが多い気がするのは、気のせいではないだろう。

恐らく目的は同じだ。目的地は各々違うかもしれないが。


今日は大晦日。

俺は初詣に行くために、美麗を迎えに相沢家に向かっている。


夏に海に行ったメンバーで神社の前で待ち合わせなのだが、待ち合わせの時間は23時半なのでちょっと早かったかもしれない。


美麗の家から神社まで歩いて20分くらい。

ちなみに浩二は白百合を迎えに行って、宇佐美は家族で行くようなので途中で合流する事になっている。


そういえば、一年の中でも大晦日だけは夜に未成年だけで出歩いても何で補導されたりしないのだろうか。


皆んなで初詣に行く事になった時にそんな事を思ったが、大雑把に言うと


『保護者は理由もなく深夜帯に未成年者を外出させてはいけない』

『何人も保護者の同意を得ずに未成年者を深夜に外へ連れ出したりしてはいけない』

『深夜商業施設の従業者は、その敷地内にいる未成年者に対し帰宅を促すよう努めなければならない。ただし、未成年者の健全な育成を図る上で帰宅を促す必要が無いと明らかに認められる場合はその限りでは無い』


条例ではこのようになっていて、

一つ目は、理由=初詣

二つ目は、同意あり

そして三つ目。これは神社の従事者がお参りは不健全だと言い出さない限り、3つの事柄を全て満たしているので補導されたりしないらしい。

美麗がこの話をした時、皆んなで『ほえー』という感じの顔をした。


美麗は勉強的な頭の良さもさる事ながら雑学とか法律も詳しかったりする。


‥‥そう、美麗は頭がいい。


そんな美麗と同じ大学に入るために俺は日夜勉強をしている。


美麗も俺と同じ大学に行きたいと、志望の大学のランクを一つ落とそうとしたがそれは全力で止めた。俺が頑張れば済む話であれば、俺が頑張ればいいだけだ。


実際に2年になってからは成績がかなり上がった。

きっかけは美麗とのデートをかけたものだったけど結果オーライってやつだ。

あの時は‥‥睡眠と食事以外の全ての時間を勉強にあてたが、来年の今頃はそんな感じになってるのだろうか‥‥。


うん、ちゃんとコツコツ頑張ろう。




相沢家に着いたので美麗にメッセージを送った。

すると、玄関のドアが少し開いて


「‥響君、こんばんは」


美麗がひょっこりと顔を覗かせる。

もうあの芸人は見なくなったけど、これ、女の子がやると可愛いよな。

というわけで美麗は今日も可愛い。


「美麗、こんばんは」


笑顔で挨拶を返すと、もう一人ピョコンと顔を覗かせる。


「青羽君、こんばんは。まだ少し早いんでしょ?温かい飲み物でも飲んで、少しゆっくりしていって」


美麗の母親の優子さんだ。

優子さんとは美麗を送ったり、部屋に上がったりする時にちょくちょく顔を合わせるので、こんなお茶目な一面も見せてくれるようになった。


「はい、それではお邪魔させてもらいます」


確かに今から行っても待ち合わせの1時間近く前に到着してしまうので、お言葉に甘える事にした。




リビングに上がると、美麗の父親がテレビを見て寛いでいた。

挨拶を交わして俺も席につく。

美麗の父親と顔を合わせるのはこれで3度目だが、クリスマスパーティーの時に美麗と優子さんが料理の準備をしている間に色々な話をしてかなり打ち解けたと思う。

話題は美麗の可愛さについてで、美麗の幼少の時の写真を見せてもらいながら2人で悦に入り、それは料理を運んできて自分の写真を見ている事に気付いて赤面した美麗に止められるまで続いた。



美麗が出掛ける準備のために部屋に行き、リビングのテーブルの席についた俺に優子さんが温かい紅茶を出してくれた。

そのまま優子さんも自分の分の紅茶を置いて席につく。


「わざわざ迎えに来てくれてありがとうね」


「いえ、俺が迎えに来たかっただけですので」


そう言って紅茶を一口飲む。冷えた体が温まるし、香りがいい。良い紅茶を出してくれたのかもしれない。


「現地集合だって聞いてたけど、親としては心配だから。去年、通り魔が出たなんて話もあるし」


それは、俺が撃退したあの事件だろう。

俺自身もその事が引っかかって迎えに来たという事もある。


「俺、たらればになるのが嫌なんです。例えば、迎えに行けたのにこんな夜中に美麗を一人で歩かせたせいで不審者に襲われたなんて事になったら、俺は自分を許せなくて自殺まで考えると思います」


「青羽君‥」


「だから、俺は思ったことは言うし、そうしたいと思った事はなるべくやるようにしてます。迎えに来たのも、俺は何よりも美麗が大切だからです」


「あー、もう!青羽君。ほんとにイケメンなんだから。うちの美麗ちゃん、こんなに愛されちゃって。早くうちの息子にならないかしら」


優子さんは頬に両手をあてて、足をパタパタさせた。


「ちょっとパパ聞いてた?パパのプロポーズよりいい事言ってたわよ?」


「はは、それは酷くないかい?」


美麗の父親は苦笑いをし、だけど‥と話を続ける。


「早くうちの息子に‥のくだりは、同感かな」


どうやら俺は『娘さんをください』をやる時が来てもちゃぶ台をひっくり返されたり、殴られたりしなくて済みそうらしい。




準備を終えた美麗が部屋から出てきて、少しゆっくりしてから『今年はお世話になりました、来年も宜しくお願いします』と年の締めの挨拶をし相沢家を後にする。


今の時間なら待ち合わせの10分前には到着できるだろう。


「今年は色々あったな」


「‥うん、本当に色々あった‥‥本当に」


美麗が繋いだ手にギュッと力を込める。


「なかでも、俺は美麗と恋人になれた事が1番の出来事で、1番嬉しかった」


俺も繋いだ手にギュッと力を込める。


「‥うん、私も。今、私はとっても幸せ」


そこで美麗は立ち止まると、「‥だからね、響君」と言って俺の目を見る。


「‥来年も、再来年も、ずっと私を幸せにしてね」


そう言って微笑む美麗の可愛さに、旅立とうとする意識を必死で止める。



だめだ!今はシリアスな場面だ!



「ああ、とびっきり幸せにしてやる!」


俺は美麗を抱きしめた。




待ち合わせは、5分前到着でいいかな。




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