36.くりすます(ぜんはん)


手袋をしてポケットに入れている左手よりも、繋いだ右手の方が温かい。

そう思いながら右手に少しだけ力を入れると、俺の右側を歩く俺の大好きな女の子はこっちを見上げて少しだけ首を傾けた。


「もうすぐクリスマスだな」


「‥そうだね」


通学途中に、どこかの家の庭に出された飾りつけられたツリーを見てから無言になってしまった。

おそらく考えている事は同じだろう。

つまり‥‥


「どうしよっか」


「‥どうしよう」


クリスマスの2日前、白い息を吐きながら学校へと向かう俺と美麗は困惑していた。


初めての恋人と過ごすクリスマス‥‥何をすればいいのか分からない。


とりあえず、24日のイブの予定は決まっている。

日中は普通に学校で、夜は俺が美麗の家に行ってクリスマスパーティーに参加する事になっている。


俺の家にするという話も出たが、美麗と母さんはたまに会ったりしてるみたいだから、俺が美麗の両親に顔を見せに行く形だ。


その事を家で食事中に話したら、母さんが残念がるのは分かるが、寡黙な父さんがとても残念そうな顔をしていたのは意外だった。

美麗の事を気に入ってくれてるみたいで良かった。

母さん曰く、美麗と一緒に出掛けたりお茶した話をすると羨ましがるらしい。

冬休み中に、父さんがいる時に家に連れて行くかな。


それよりも、今考えるのは25日だ。

恋愛小説で得た知識をフル動員しろ、俺!


そうだ


「25日は買い物行って、予算とか決めてプレゼント交換とかしてみようか?」


こんな話を読んだ事があった。

ただ、『プレゼント』、俺がそう言った時に


「‥プレゼント‥うん、そうだね」


ほんの少しだけ、美麗の表情に陰りが見えた気がしたんだが、気の‥‥せいか?






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






プレゼント‥‥渡そうか、まだ迷っている。

まだ未完成のプレゼント。


クリスマスプレゼントにと、私は響君に手編みのセーターを2ヶ月くらい前から少しずつ編んでいた。


だけど‥‥




1週間前、愛ちゃんと喫茶店で話をしていた時に隣の席から聞こえた会話で


『彼氏にクリスマスプレゼント、何渡すの?』


『えっと、手編みで帽子作ろうかなって。帽子なら今からでも間に合いそうだし』


『いやいや、今時手編みとか重いって。受け取る方も困るからやめといた方がいいよ』


『やっぱりそうかな?』


『去年、恵子がそれで、お前重いよって振られたらしいよ?』


『えっ!?恵子が別れたのそれでなんだ。確かにあの子すごい一途だったからねー。男はそういうの嫌がるかー』


『そうだ、今から何かいい感じのプレゼントないか見に行こうよ』


『ほんと?ありがとー、それじゃあ行こっか』


こんな話をしていた。



「‥愛ちゃん、手編みって重いのかな?」


確かに、

響君どんな顔して受け取ってくれるかな?ビックリするかな?

着てくれるかな。喜んでくれるかな。

編んでいる時はずっとそんな事を考えてる。


これじゃあ‥‥重いよね。困らせたいわけではない。嫌がらせをしたいわけでもない。

ただ、喜んでほしかった。喜ぶ姿を見たかった。

だから、渡さない方が‥‥いいのかな。


「あぁ、さっきの隣の話ね。そうねぇ、女の子からしたら重いと思われるって思うわね」


‥‥そっか、やっぱり重いんだ。


「ただ、男と女は感性が違うから、男からしたら嬉しかったりするものかもしれないわよ?」


なるほど‥‥確かに。


「ま、私は編み物できないから渡した事ないし、渡された人の話も聞いた事ないから実際どうなのかは分からないわね」




その夜、セーターを編みながらもその時の話が気になってしまって、切りのいいところで手を止めてスマートフォンを手に取った。


待受画面に映る響君と私の寝ている姿に温かい気持ちになりながら、メッセージアプリを立ち上げてこの写真を撮ってくれた人とのメッセージ画面を開く。


相沢美麗:こんばんは、沢渡君。聞きたい事があるんだけどいいかな?


沢渡浩二:ほよ?相沢ちゃん、珍しいね。何でも聞いていいよん。スリーサイズいっとく?


相沢美麗:プレゼントに手編みの物を貰ったらどう思う?重いって思う?スリーサイズは結構です。


沢渡浩二:ぬぬ、手編みかー。うーん‥一般的には重いとは聞くけど人によるんじゃないかにゃー


相沢美麗:響君、喜んでくれるかな?


沢渡浩二:相沢ちゃんの手編みなら、間違いなく狂喜乱舞するね。家宝にするまである。


相沢美麗:重いって思われない?


沢渡浩二:響なら、婚姻届を渡しても重いとか思わずに喜ぶと思うよ?


相沢美麗:ふふ。沢渡君、面白い。


沢渡浩二:‥‥いや、冗談ではなくてですね。






「‥できた」


そうして、24日の夜。

響君が帰った後に、渡そうか悩みながらも編み続けていたセーターが完成した。


手に持って広げてみる。


初めての編み物で出来上がった、不恰好なセーター。

模様としてケーブル柄に編んだけど、色も白一色の簡素な物。


丁寧に編んだから、ほつれていたりはしないけど、模様が曲がっていたり、模様の位置がずれて左右対象になっていなかったりする。


目測で作ったから、サイズも合っているか分からない。




迷ってたけど‥‥これは渡せないね。




冬休み中にほどいて、膝掛けでも作ってみよう。


「‥ごめんね」


2ヶ月以上も編んでいたので愛着も湧いてしまう。

着させてあげられなくて、ごめんなさい。


これを着てくれた響君が温かいって言いながら喜んでくれる姿を思い浮かべながら、その思いと一緒に手に持ったセーターをクローゼットにしまった。



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