31.しゅうがくりょこう(はやおき)


修学旅行2日目の朝。今日は丸一日自由行動だ。

今の時刻は朝の6時。

いつもの癖で予定の起床時刻より早めに起きてしまった。


昨日の夜は修学旅行らしく恋バナが始まったので、徹夜も辞さない覚悟で美麗との話をしようとしたら浩二を含めた同じ部屋の3人から全力で止められた。

風呂で少し話しただけなのに‥‥


『もう‥‥勘弁してくれ‥これ以上聞くと‥‥俺は‥‥俺はッ‥』


と赤くなった顔を手のひらで覆って嘆く溝口を浩二が頷きながら肩を抱いていたので、写真を撮って【事後】と銘打ってとりあえずクラスのメッセージグループに流した。


だから‥‥きっとこれはその報復だろう。


顔を洗いに洗面台にきたら、鏡に映った俺の額に『シュガーメーカー』と書かれている。


何となく手のひらを上に向けて大の字になってから顔を洗った。

水性で書かれていたみたいで良かった。




朝食の7時15分までまだ時間があるので、昨日風呂に行く時に見かけたロビーでソファに腰掛けながらセルフサービスの温かいお茶を飲む事にした。


朝風呂に入る為か、たまに通りかかる人はいるがロビーで寛いでいるのは俺だけだった。


窓から見える朝日に照らされた旅館の庭園が綺麗で、ここが普段の日常とは違う非日常であると気付かされる。


いつか美麗と2人で、旅行とかしたいな。


そんな事を考えながら、一応頭には入れているが美麗と宇佐美が作った修学旅行のしおりに改めて目を通して今日の予定を確認する。


すると、


「‥響君?」


名前を呼ばれた。


見るまでもなく誰か分かるが、顔を上げると旅館の浴衣に身を包んだ美麗がいた。‥‥俺も旅館の浴衣だけど。


美麗も自然といつもと同じ時間に起きてしまったのだろうな。

そう考えると自然と頬が緩んだ。


「おはよう、美麗。昨日は大丈夫だったのか?のぼせたって聞いたけど」


笑顔で挨拶をしつつ、昨日の心配をすると、

「‥昨日‥‥」

と呟いた美麗は俺の方に歩いてきて‥


ソファに座っている俺に跨るようにしてギュッと抱きついた。



‥‥は?


えっ!?ちょ、これは一体何のご褒美だ?


俺、何かしたっけ?よく分からないが良くやったぞ俺ッ!!

それとも怖い夢でも見たのか!?だったら怖い夢GJと言わざるをえないが。



慌てる俺の耳元で、美麗は吐息が耳をくすぐるように


「‥好き。‥‥大好き」


と囁いて俺の首に回した手に、さらに力をこめる。


言葉が耳から全身を駆け抜けてゾクゾクする。

美麗の細身ながらも柔らかい身体が隙間なく密着して、心臓が壊れるんじゃないかというくらいの鼓動を鳴らす。

首筋から香るクラクラするようないい匂いが脳を麻痺させた。


「え?へ、あ、美麗?え?」


美麗は俺の上に跨ったままだが、ゆっくりと身体を離すと赤く上気した顔と潤んだ目をして小さな声で


「‥ごめんね。ちょっと、我慢できない」


そう言ってまた抱きついて、俺の頬に美麗が自分の頬をあててまるで愛情表現のようにスリスリと頬擦りをする。



俺には‥‥朝からその表情と言葉と温もりは、刺激があまりにも強すぎて‥‥


意識さんがいい顔をしながらサムズアップして離れていくのを幻視した。





‥‥‥‥‥‥はっ!


正気に戻ると美麗がソファの隣に座ってお茶を飲んでいる。


「‥そろそろ朝ごはん。一旦部屋に戻るね」


「あ、ああ。そうだな。またな」


あれ?夢?いつの間にか寝てた?

いや、違うよな。とにかく‥‥うん、とてもいい朝だった。

早起きしたら三文じゃ済まないレベルの徳をした。



朝食を食べて部屋に戻り、私服に着替える。


何でか朝食の際に、何人かの女子に昨日の風呂上がりの時と同様に顔を逸らされたり、

『感動して泣いちゃった』

とか

『私もあんな風に想ってくれる人に出会えるように、頑張るね』

とか言われた。


女子が何人かのぼせた件と関係あるのだろうか?


「なあ、浩二。昨日の風呂入ってた時間に結局何があったのか知ってるか?」


「そうだね‥‥それはもう特濃な告白があったみたいだよ」


なるほど、告白か。何とも修学旅行っぽいイベントだわ。誰だか分からんが初日からお熱い事で。






着替え終えて、旅館の入り口で美麗と宇佐美に合流した。


浩二が俺と美麗の格好を交互に見ている。


「で、何でこのバカップルはペアルックなのか」


そう、俺と美麗はサイズ違いなだけのデザイン的には同じコートを着ている。


美麗の今日の格好は、秋の気温にちょうどいいくらいの薄手のミリタリーコートに、グレーのオーバーサイズパーカー。

下は短めの黒いボックスプリーツのスカートに黒いタイツを履いて、靴は黒のショートブーツというミリタリーカジュアルコーデだ。


「これ、完全に響の趣味でしょ?」


美麗のこの服装は、修学旅行前に服を買いに行くのに、どうせならお互いをコーディネートしてみようという話になって、俺が色々なファッションサイトを参考にしながら仕上げた俺の趣味全開の服装だ。

コートが同じなのは、ショップの店員にメンズに同じデザインのコートがあると聞いてどうせならと同じものを買った。


「完璧だろう?」


ミリタリーコートにスカートに黒タイツって何か、こう‥‥いいよな。


「うん、男心くすぐってくるね」


浩二と美麗を見ていると


「へえ、男の人ってこういう感じの服装が好きなんですね」


ふむふむ。といった感じに宇佐美も美麗をまじまじと見て、美麗がモジモジし始める。


「いや、人によるとは思うぞ」


宇佐美は茶色いベレー帽を被って、上はクリーム色のパイピングショートコートを羽織り、下はミモレ丈の茶色ベースのチェックプリーツスカートを履いて正に秋コーデといった感じだ。


ファッションサイト見過ぎて妙に詳しくなってしまった。


「うん、いいんちょーも似合ってるよー」




ファッションに関する話もひと段落して、移動を始める事にする。


今日はスタンダードな所に行こうという事で、午前中は清水寺。午後は金閣寺と銀閣寺だな。




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